キャスティールが描く人物の人種にのみ着 目することの問題は、彼女の制作に対する奥 深く、素晴らしい動機を単純化し、あいまいに してしまう点にある。たしかに、彼女は伝統的 に美術館で展示されるに値すると見なされて こなかった、自身のような黒人を描くことを 選んだ。だが同時に、何よりも絵を描くという 大好きな行為を通じて、愛する人や物に敬意 を表したいと考えている。彼女は自身につい ての誤ったストーリーが伝わることに腹ただ しい思いを抱いてきた。「作品の背景にある意 図や、それに対する私の画家としてのコミッ トメントをまず理解してもらうことがとても 難しいのです。理解してもらうには、アート界 の少数派である私自身が発する言葉のひとつ ひとつが、とても重要になってきます」と彼女 は話す。
キャスティールはニューヨーク州北部の暮 らしを通じ、この土地の魅力に引きつけられ ていった。拠点を完全に移してからは、スタジ オよりも庭で過ごす時間のほうが長いことに 気づいた。ハーレムで露天商や近隣の住民に 魅了されたように、キャッツキルの風景と四 季折々の庭の景色に夢中になった。ただ、当初 はそれらを絵に描こうとは思わなかったと言 う。最近の活躍ぶりを含め、自身についての話 題は、とくに黒人であることと結びつけられ、 語られてきたためだ。彼女は自身の仕事の幅 を狭めてしまうような一方的な見方に不快感 を示すものの、新たなテーマに挑戦すれば、画 家としての評価が下がってしまうかもしれな いという不安も感じていた。「純粋に描きたい テーマに取り組むよりも、人々が勝手に決め つけてきた私が画家として生きる意味や、現 在の評価を優先してしまっていたのです」
最終的には夫の励ましもあり、なるように なれと腹をくくったキャスティールは、その 結果、自由を手に入れた。「風景画と静物画を 描き始めています。静物や身近な風景を描く 過程で、光や空間、形に着目し、それらが変化 していく姿を捉えています」と彼女は言う。い くつかの作品は、昨秋、Casey Kaplanギャラ リーで行われた「Jordan Casteel: In Bloom」 展で初公開され大好評を博した。1 キャス ティールは、風景画や静物画は自画像に似て いると話す。自分がこれまでの人生で大切に してきた花や、自らの手で育てた花を描いて いるからだ。展覧会のタイトルにもなった作 品では、手前に彼女の庭で美しく咲き乱れる 百日草が描かれている。彼女の大好きな祖母 のお気に入りだったその花は「私にとって何 が大切かを示してくれる」のだと話す。「私の仕事もそれに似ています。絵を描くことで、こ れまでの人生と向き合い、そこにある真実に 気づくことができるのです」
「アート界において、 私のような 黒人アーティストが 次々に利用され、 ひどい扱いを 受けたにもかかわらず、 何も補償されないという 事例を数多く見てきました」
作品の幅を広げることは、とても大きな出 来事だった。ゆえに、彼女はこの試みの最初の 作品となった《Woven》を自身の手元に置い ている。自宅の壁に飾られた同作品は、本質的 に自由に生きることを思い出させてくれると いう。キャスティールは「創作の範囲を広げ、 発展させていかなければなりません。人に決 めつけられたり、限定されたりしてはなりま せん」と強調する。州北部への移住は彼女の契 機となった。「ここならもっと自己のバランス を保ち、自分らしさを大切にできると思いま した。アート界で活動するうえで、また、キャ リアを積んで名前が知られるようになり人々 から期待される状況において、私には地に足 をつけたここでの暮らしが必要だと確信した のです」と彼女は話す。
ニューヨーク市とそのコミュニティをキャ スティールは今も愛している。現在もハーレ ムの自宅を所有し、先週は展覧会のオープニ ングのため市内に滞在した。だが、彼女にとっ ての心のよりどころはキャッツキルでの生活 だ。ここでは、スタジオで絵を描くだけでな く、庭で手を動かす時間が十分にあると言う。 少しずつ仲間もでき始めた。地域で暮らすラ イターの友人や、地元にあるレストランのオーナー家族の絵を描く予定もある。こうし た機会が増えていくことを彼女は期待してい る。「キャッツキルで日々暮らすようになり、 少し時間がたったことで、人と出会う機会も 増えてきました。ここでは少し時間はかかる かもしれません。でも紹介を通じて多くの人 と知り合うことは可能です。交流はもう始 まっています」と彼女は話す。
人は若くして、数年という短い期間に一気 に多くの成功を収めると、シンプルな生活を 求めるようになる。さらに彼女の場合、黒人の 女性であることや、歴史的にその肌の色に よって排除されてきたアート界で絶賛される ことによるプレッシャーもある。多くの場面 で危険を覚悟して物事を進め、あらゆる可能 性を想定し、自身に対する評価に感謝しつつ も、両肩にのしかかるその重荷を担ぎ続けな ければならない。キャスティールはそのリス クを認識している。「アート界において、私の ような黒人アーティストが次々に利用され、 ひどい扱いを受けたにもかかわらず、何も補 償されないという事例をこれまでに数多く見 てきました。どれだけ称賛されようとも、そう した状況に直面する可能性があることをリア ルに感じています」
キャスティールにとって、そこから自分を 守る唯一の方法は、絵を描くこと、そしてその 意味に集中することだ。現時点では、人や花、 あるいは彼女自身の成長という生命のサイク ルに真摯に向き合うことなのかもしれない。 「この世界で好奇心を持って人との出会いや 物との出合いを果たしてきたからこそ、画家 としての今の私があります。燃え尽きたくは ありません。これからもずっと、私は絵を描き 続けたいと思っています」