音楽批評家たちがとりわけ論じたのは、〈PC Music〉の活動は誠実なものなのかという点だった。アートスクール出身のヒップスター集団が、音楽理論を無視し、ネット上での悪ふざけをしながら業界を荒らしている、と捉えられたからだ。メディアも困惑し、「ポップの未来か、人をバカにしたパロディか」という見出しもあった。
「ポップミュージックに関しては、厳密な意味でオーセンティックか、などということは気にしていません」とクックは話すが、彼のプレイフルさには、音楽への純粋な愛が感じられることは、言うまでもないだろう。2014年のハロウィンの日、〈PC Music〉はYouTubeでふざけたカメラエフェクトや粗末な3Dグラフィックをふんだんに使ったライブ配信を行った。DJセット中、クックは黒ずくめの服装に不気味なメイクを施している。驚くほど背が高く、痩せている。プレイしながらダンスするその動きは自由奔放でありながら、力強さと優美さを併せ持つ。その様子から、いかにクックが深く音楽を感じているかが伝わってくる。「私たちには、自分たちの音楽が本物だとはっきりとわかっていました」
当初受けた非難は〈PC Music〉の活動を止めさせるどころか、活気づけたとクックは話す。すぐにコロムビアレコードとパートナーシップを結び、チャーリーXCX、キャロライン・ポラチェク、カーリー・レイ・ジェプセン、ソフィーなど、定期的な共同制作者たちと“ファミリー”を築いた。「私の音楽的成長でもっとも大きかったのは、一緒に世界を敵に回しても構わないと思えるような仲間を見つけられたことです」
〈PC Music〉の先見の明は、同業他社が彼らの手法を模倣し始めたときにようやく証明された。今日、TikTokをスクロールすると、〈PC Music〉が10年前にリリースしていたような超高速で超メロディックなチューンが流れてくるだろう。ファンが暗号を解読するために用意した“イースターエッグ”と呼ばれる隠しヒントも、いまやテイラー・スウィフトのようなアーティストが採用するマーケティング手法となっている。1消費文化と、消費者パーソナリティとブランドパーソナリティの衝突に対するクックらの批判は、インフルエンサーの時代にはもはや挑発的とは感じられなくなった。そして「セルアウト(売れるために魂を売る)」という言葉も、いまや何の意味も持たない。そして、現在「ハイパーポップ」と呼ばれるジャンルの音楽を作っている若い世代のアーティストたちにインスピレーションを与えている。ジャンルの生みの親であるクック自身は、この言葉にはアンビバレントな感情を抱いていると公言している。
〈PC Music〉の反主流のアイデアが主流になってしまうと、クックらは存在意義を失い始めた。論争を巻き起こすことがなくなったのなら、何のために活動を続ける意味があるのだろう。2023年、クックは〈PC Music〉の運営に終止符を打った。メジャーレーベルに売却されるのではなく、自らの意思で終了することを選んだのだった。このころから、自分名義で数えるほどしかシングルをリリースしてこなかったクックが、目立たない存在からポップスターへの一歩を踏み出すようになる。すべてが一変したのは2020年、49曲を収録した7枚組アルバム『7G』をリリースしてからたった1カ月後に、新アルバム『Apple』を発表したときだった。『Apple』はクックの高いプロダクションスキルを明確にするもので、一枚一枚のディスクがひとつの楽器に特化した『7G』は、よりコンセプチュアルな作品に仕上がっている。
「友人たちからは、 ゴミのような音楽だと 思われていました」