「音楽業界はほとんど信用できないことを学びました」
ファーストアルバムの『Pang』がリリースされた当時、ポラチェクはすでに多くの実績がある名の知れたアーティストだった。コロラド大学在学中の2005年、友人のアーロン・フェニングと一緒にインディー・シンセポップ・バンド、チェアリフトを結成し、2008年から2017 年にかけて3枚のレコードを発表した(とくに有名なのはiPod nanoのCMソングとして使われた“ブルーズィズ”)。さらに、2014年にはRamona Lisa、2017 年にはCEP名義で2枚のソロアルバムを発表。しかし初めてキャロライン・ポラチェク名義でリリースした『Pang』は、それ以前の作品よりも明らかにパーソナルで親密なアプローチで作られている。
「 チェアリフトの経験を通して、音楽業界はほとんど信用できないことを学びました。音楽レーベルというシステムにしても、音楽ジャーナリズムにしても。ブルックリンを拠点にしていたという理由だけで、『インディロックを作っている』と言われてきました。でも、サードアルバムはどう聴いてもインディロックのサウンドではありませんでした」
メジャーレーベルと契約したことで、SNSやストリーミングの数字に煽られ、よりデータに基づいたアプローチへと音楽業界がシフトしていくのを経験した。「突然、所属レーベルがデータしか見なくなってしまいました。良い曲という感覚的なものや流行りなどを一切無視して。こういったことすべてのせいで、音楽機関に対する信用をなくしてしまいました。でもある意味、それは私にとって都合が良いことでした」
ポラチェクは、直近2 枚のアルバムを自身のレーベル「Perpetual Novice」からリリースしている。そうしたことで自分のキャリアに以前よりも自信を持てるようになったそうだ。「信じているからこそ、金銭的なリスクを負うことを厭わないのです。自分の考えをより深く伝達したいと思っています。そして作品が持つ美しさやメッセージを世間へ伝える際に、以前のようにスタッフに丸投げにしたりしません。ソロプロジェクトが最終的に軌道に乗ったのは、自分ひとりでやったということ、そしてすべての決断に金銭的な責任を負っていることを意識したからだと思います」
ベテランアーティストでありながら、“新人”ソロアーティストとして『Pang』をリリース。この時、キャリアを「白紙に戻す歓び」を得たという。
当初、ファン層は2分されると予想された。ひとつは、インディ好きのチェアリフト時代からのファン。そしてもうひとつは、ポラチェクがソロ転身後たびたび協業する、ロンドンのエクレクティックなレコードレーベル「PCMusic」のファンだ。3 PC Music のダニー・L・ハールと共同制作したセカンドアルバムが世に出た今、ポラチェクは「よりミステリアスでエキサイティング」な存在になっているはずだと自負する。ライブ会場では「複数のカルチャーが同時多発しているのを目の当たりにした」と語る。「たとえば、とてもシリアスなリスナー、ベッドルームで論文を書いたりかぎ針編みをしたりするタイプの女の子たち、ファンアートを作ったり、編集をしたり、Reddit やDiscordでアクティブに発信したりする人たち、それから…… ほら、ただTwitter をやっている人たち」
このようにファン層が広がっている理由は、ポラチェクが新しいオーディエンスと音楽体験を共有するためにツアーを続けているからでもある。この取材をしたときは、ちょうど2 年間ほぼノンストップで続いたツアーが終盤に差しかかっていた頃だった(そしてコンサートの衣装を業者が引き取りにきたため、取材を中断するという場面があった)。デュア・リパの『Future Nostalgia』ツアーのアメリカ公演のサポート、チャーリーXCX、クリスティーヌ・アンド・ザ・クイーンズとのコラボ曲『NewShapes』、そして言うまでもなく高い評価を得たアルバム『Desire, I Wantto Turn Into You』のリリースという多忙を極めた日々がようやく終わろうとしていた。このツアーによって、アルバムを新たなかたちで表現することができ、その物質性と激しさをより強く意識するようになったという。非日常の日々を振り返り「普通の人に戻る方法を見つけないといけません」と言った。
ポラチェクは、休日を自然の中で過ごすのが好きだ。自然は作品における主要なテーマだ。『Desire, I Want to Turn Into You』では、歌詞にもミュージックビデオにも、豊かなブドウ畑、うねるような青い海、シーツを這うアリ、さらには火山、灰、塵、ひび割れた大地までもが登場する。自然の捉え方について問うと「肉体的でゴツゴツした古代から存在しているであろうものの質感を見つめていると、ある種の顔のない混沌とした活力、社会の崩壊と個人の再生を感じます」と説明する。