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DAVID ERRITZOE

デイビッド・ エリツォ

  • Arts & Culture
  • Volume 36

幻覚剤の潜在的な可能性について。
Words by Tom Faber. Photography by Annie Lai. Styling by Kingsley Tao.

髪をきれいに 整 え、全身にネイビーをま とったデイビッド ・エリツォは 折 り 畳 み 式 の 自転車 に 乗って 私たちのミーティングにやっ てきた 。ドラッグについて 話すためだ 。イン ペリアル ・カレッジ ・ロンドンのサイケデリッ ク研究センターの臨床部長として、彼 は幻覚 剤 を 用いた治療 の可能性 を研究する科学者 の 新たな潮流 の先頭 に 立っている。彼らの初期 の成果 は 、シロシビン (マジックマッシュルー ムの有効成分)などのサイケデリック化合物 が、うつ病や依存症などのさまざまな精神疾 患に対する強力な治療薬として機能する可能 性を示している。

イーストロンドンの自宅 に 近いハックニー ウィックの 明るい 冬 の日差しのなか、彼 は 運 河のそばに 座 り 、ふたつの言語 を 巧みに 操 り ながら幻覚剤について 語ってくれた。彼 は 脳 イメージや精神薬理学 に造詣 が 深 い几帳面 な 医師であり、被験者 の宗教的ともいえる体験 を「無限 の海」 と表現する幻覚剤治療 の信奉者 でもある 。

幻覚剤 の効果 を合法的 に研究できるように なるまでには 長 い 道のりがあった 。50年代 と 60年代 に有望 な初期研究 が 行われた後、70 年代にこれらの幻覚剤 は違法となり30年間 すべての研究 が停止。そしてこの10 年でよう やく再開されたのだ 。

エリツォは 、MDMA (エクスタシーの活性 化合物) の 脳への長期的影響 を理解するため の研究 を 行っていたときに、幻覚剤 を服用 し た試験参加者 が 、その経験について思慮深 く 力強 く 語っていることに 気づいたという 。 そ うして幻覚剤 に 対する好奇心 が刺激された 。 彼はすぐにデンマークの自宅からロンドンに 移り、インペリアル・カレッジ・ロンドンにサ イケデリック研究センターを設立することに なっていたデイビッド ・ナット教授とロビン ・ カーハート ・ハリス博士 に出会ったのである 。

人類 は何千年 も 前から幻覚剤 を使用してきま した 。それがどのように医学界 で注目される ようになったのでしょうか ?

第二次世界大戦中、スイスの化学者アル バート ・ホフマンが研究室 で開発した 新 し い化合物 を 誤って摂取したときに、強力 な 幻覚体験 が 引 き 起こされました 。ホフマン は数時間 も効果 が持続するLSD を開発した のです 。おそらく 彼にとってそれは圧倒的 な体験だったでしょう 。そしてその体験 を 精神科医 に 話したところ 、それが精神 に 良 い影響 を 与えて治療 に応用できる可能性 が あることがわかったというわけです 。

幻覚剤 を 用いた最初 の医療試験はどのような ものだったのでしょうか ?

50年代から60年代にかけて試験されまし た。同じ時期にホフマンは、マジックマッ シュルームやトリュフに 含まれる化合物 で あるシロシビンを研究室 で合成していま す 。この時期 は、世界中 で 約 4万人 の患者 が これらの化合物 を投与され 、1000もの科学 論文 が発表されたため、科学やメンタルヘ ルスの分野 で 多くの関心 を 集めることに なったのです 。その結果、幻覚剤がうつ 病 や アルコール依存症 の治療 に有効である可能 性 が 示され 、ロバート ・ケネディのような 著 名 な政治家もこれらの治療法について肯定 的 に 語るようになりました 。

そんなに期待できそうなら 、なぜやめてし まったのでしょう ?

幻覚剤 の性質 が、同時期 に 進んでいた医学 研究 の方法 と衝突していたせいもありま す 。もし 、ある 薬 の効果 を 試したいのであれ ば、理論的には試験条件 を単純化して、被験 者 が 置かれた環境 や状況といった文脈をす べて 取 り 除 き、非常 に臨床的でコントロー ルされた設定 で 行うことが 望ましいとされ ています 。これは抗生物質 や鎮痛剤 の試験 には有効ですが、幻覚剤 は文脈 に依存 し 左 右されるため、素晴らしい結果 は見込めま せん。患者にトラウマを 与えてしまうこと さえあるのです。既存 の幻覚剤療法のガイ ドラインに 沿わない試験 も 行われ、患者 が 専門家のサポートなしに非常 に 高 い用量 を 摂取してしまったこともありました 。さら にベトナム戦争 や60年代のカウンターカ ルチャーなど、幻覚剤 が自己探求のために 使用されて人気 を 博したことも 重なりまし た 。ニクソン政権 は批判 を 強 め、幻覚剤 が 悪者扱いされるようになったのです 。そう して1970年頃 に国連 の 新しい条約によっ て 、これらの化合物 が世界中 で規制される ようになりました 。つまり、幻覚剤 は研究 で きないものとして分類され、何十年もの間、 闇に葬り去られることになったのです。

幻覚剤 の研究 が再開されるきっかけとなった 特定 の試験があったのでしょうか ?

ジョンズ ・ホプキンス大学 は2000年代初 頭 に、健康 な 人 が幻覚剤 を使用すると 初 め て出産するのと 同じくらい 深 い経験ができ ることを 示 す試験 を 行いました 。

それは被験者が実際に言ったことですか?

そうです。しかもひとりだけではありませ ん。参加者の3分の2が人生でもっとも重要 な経験のひとつだったと評価したのです。

サイケデリック研究センターではどのような 研究をしてきたのですか?

私たちはこのような体験の背後にある脳の 状態を理解し、この体験が誰も完全に理解 していない意識について何を教えてくれる のかを理解しようとしています。また、この 専門家のサポートのもと行われる幻覚体験 がさまざまな症状に対する治療効果がある かどうかも調べています。今のところ効果 があると思われます。

おもな研究成果は何ですか?

幻覚剤の効果を受けた脳は、混沌とした柔 軟な状態になり、自由な発想ができるよう になり、思考パターンが緩むことがわかっ ています。これは自分自身に対する否定的 な考えに思考を狭め、否定的な自己イメー ジですべてを解釈してしまう、うつ病の治 療に役立つと考えられます。 私たちは、うつ病に対する幻覚剤治療の試 験を50年ぶりに行い、シロシビンの治療効 果が非常に有望であることを確認したので す。次の研究では、従来のSSRI(選択的セロ トニン再取込阻害剤)抗うつ剤と比較しま したが、結果は全体的にシロシビンに軍配 が上がりました。

従来の抗うつ剤と違い、幻覚剤は症状ではな くうつ病の原因を治療する、と言っていいで しょうか。

はい、そう思います。幻覚剤は精神に深く潜 り込み、精神を緩め、視点を変え、魅力的な 方法で深層心理に潜む症状を扱うことを可 能にするようです。私たちの試験では、トラ ウマになるような事柄が表面化し、再評価 されるのを見てきました。うつ病の、硬直し たネガティブな思考のスパイラルに閉じ込 められている感覚が、宇宙、自然、周囲の 人々、そして自分自身とその感情とつながっ ている感覚に変わっていくのです。

その変化は薬物が体内から抜けた後も長く続 くということですか?

もちろん。非常に興味深いことですが、それ がどれくらいの期間なのかはまだ正確には わかっていません。大きな疑問は、どれくら いの頻度で再投与したり、追加の体験をし たりする必要があるかということです。 ジョンズ・ホプキンス大学の同僚は、これを 「逆PTSD」のようなものだと言っていま す。深いトラウマとなる体験は、脳の配線を 変化させ、不安や抑うつ症状、フラッシュ バックや悪夢など、メンタルヘルスに長期 にわたる悪影響を与えることがわかってい ます。ですから、深い帰属意識をもたらすス ピリチュアルな体験も、精神と人生に長期 にわたるポジティブな影響を与える可能性 はあるはずですよね?

科学的なレベルではどうなのでしょうか?

私たちを変えるものはすべて脳組織に何ら かのサインを残します。幻覚体験は、実際の 脳の配線や脳細胞のつながり方に変化をも たらすかもしれないのです。そしてこれに よって、考え方や生き方を再構築できるか もしれません。

幻覚剤の使用者は、しばしば宗教や霊的な言 葉を使って自身の体験を語ることがあります よね。科学的にはどう考えていますか?

私たちのアンケートはもともと「神秘体験」 や「無限の海」といった、幻覚体験者が使っ た言葉に基づいています。これらは非常に 詩的で、科学的にはややふわっとした言葉 かもしれませんが、それはこれらの体験の 本質を明確にすることが難しいからなので す。これらの用語は、筋金入りの薬理学出身 ですべてをうつ症状の尺度で測ろうとする 科学者にとっては刺激的かもしれません。 しかしこれらの体験は非常に豊かなものな ので、もっと広い言葉を使う必要があるの です。これは医学にとって新しいボキャブ ラリーだと言えるでしょう。

幻覚剤治療の試験に参加した患者がネガティ ブな体験をすることはあるのでしょうか?

たとえば重度のうつ病やトラウマといった 精神的な問題を抱えている人の場合、幻覚 体験は潜在意識や抑圧されたものをたくさ ん呼び起こす可能性があります。これは精 神疾患を持たない人にも起こりうることで す。安全な治療環境で行われるのであれば、 幻覚剤治療は非常に興味深く有益なものに なる可能性があります。現に私たちは試験 でそれを確認しています。しかし参加者た ちには、幻覚体験について話し合ってまと めるための準備、支援、指導が必要です。そ のためには参加者の足場を固めてくれる人 が必要になります。参加者は飛行機を操縦 し、私たちは安全なフライトを支える客室 乗務員のようなもの。しかし最終的には、セ ラピーと同じようにその人自身が物事を理 解することが重要なのです。

「幻覚剤の効果を受けた脳は、 混沌とした柔軟な状態になります」

遊びや気晴らしのためではなく、臨床の場で 幻覚剤を摂取したほうが安全なのでしょうか?

遊びとしての使用でも驚くほどうまくいく ことがあります。自然のなかにいれば、クリ ニックでは再現するのが難しい深い一体感 を味わうことができるでしょう。しかし体 験中に現実との区別がつかなくなれば、危 険なことをしたりトラウマになるような経 験をしたりするかもしれません。そのため にサポートが必要なのですが、それはセラ ピストである必要はないのです。これらの 薬物は何千年もの間さまざまな文化で使用 されてきましたが、そのほとんどが非常に 賢明なものでした。シャーマニズム的な環 境であったり、素晴らしい友人や、自分たち のことを理解している人たちと一緒であっ たりすれば、重度の精神疾患でも多くの効 果を得ることができるのです。

ある種の幻覚剤が特定の病気を治療できるの ですか?

現時点では、厳密には幻覚剤ではない MDMAがPTSDの治療に、シロシビンがお もにうつ病の治療に使われていますが、逆 効果になったり併用されたりするかもしれ ません。また、ヒキガエルの分泌物から得ら れる5-MeO-DMTという強力な化合物が 暗々裏に使用され依存症の治療に役立つと 言われています。現時点ではまだ事例証拠 の段階なので、もっと試験が必要です。まあ、個人的にはこのふたつに大差はないと 思っていますけどね。目的は同じなので、探 検すべき大きな暗い家にふたつのドアがつ いているようなものだと考えています。

これらの物質が違法であることは、研究にど のような影響を与えていますか?

研究が非常に複雑になって費用もかさみま すが、今は規制が緩和されて試験の数が飛 躍的に増えています。

あなたのセンターは、幻覚剤のマイクロドー ジング(ごく少量の幻覚剤を定期的に摂取し、 気分や創造性の改善を報告すること)は実は プラシーボと変わらないという最近の研究で 注目を浴びましたね。1

その結果、深く不評を買いましたけど。それ でもそれが結果なのです。私たちの試験で は、実際に化学物質を摂取するよりも、マイ クロドージングをしていると思い込むこと でポジティブな影響が得られることがわか りました。プラシーボ効果がこれほど強い のは、シリコンバレーなど欧米のコミュニ ティでマイクロドージングがもてはやさ れ、本や雑誌で特集が組まれるようになっ たことが大きな要因かもしれません。この ようなマイクロドージングへの過剰な注 目、選択肢の増加、反・巨大製薬会社の雰囲 気が、大規模なプラシーボ効果をもたらす 可能性を与えているのです。

幻覚剤によって、より広い意味での心の働き がわかるのでしょうか?

もちろんです。というのも、脳におけるセロ トニンの役割に関する我々の理解の多くは LSDやシロシビンを使った初期の研究から もたらされたものだからです。起きている ときの意識を夢のような状態に変えること ができる物質によって難しい複雑な心の現 象の理解に近づけるので、これは非常に興 味深いです。

あなたの研究は、精神疾患を患っておらず幻 覚剤を使いたくない人々にとって、どのよう な影響があるのでしょうか?

私たちの研究のように、薬の飲み方の文脈 に細心の注意を払うという考え方は、メン タルヘルスに関わるすべての人に役立つと 思います。また、幻覚剤は脳を柔軟に作り変 え、内面の習慣的な否定的状態を打破する ことができるので、私たちが治療する精神 疾患の、時に恣意的な分類を見直すことに も役立つと思われます。

脳画像から人間の心を読み取ることには限界 があるのでしょうか?

そこには限界しかありません。表面を削っ ているに過ぎないのです。その分野は良く なってきていますけどね。放射性画像や磁 気画像で脳を見たり、電気活動を測定した りできるようになり、それらを組み合わせ て同じ実験をすることで、脳を調べるとき の付加価値を高めようとしています。AIは コンピュータシステムに脳のパターンを理 解させることで、その手助けを始めるかも しれません。しかし、心の理解に近づくため にはまだ何世代もの研究が必要です。私た ちの頭蓋骨のなかで走り回っているこのも のを完全に理解することはおそらくできな いでしょう。

 

( 1 ) マイクロドージング(創造性や生産性を向上させるために、幻覚剤を少量摂取する方法)はシリコンバレーで大流行している。創業者や起業家は、“トリップコーチ”のサービスを利用することで、安全に実験を行うことができる。

( 1 ) マイクロドージング(創造性や生産性を向上させるために、幻覚剤を少量摂取する方法)はシリコンバレーで大流行している。創業者や起業家は、“トリップコーチ”のサービスを利用することで、安全に実験を行うことができる。

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こちらの記事は Kinfolk Volume 36 に掲載されています

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