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ファン・ビンビン
FAN Bingbing

左: ERDOSのスカートとトップス 右: MIU MIUのトップス、JW ANDERSONのポンチョ、GRETA BOLDINI のスカート、MAISON SANS TITREのシューズとイ ヤリング

中国の顔となった女性。
Words by Lavender Au. Photography by Jumbo Tsui. Styling by Evan Feng. Hair by Gao Jian. Makeup by Hu Yiyin.

范冰冰(ファン・ビンビン)の出演映画を初めて観る前から、北京で何度も彼女を見たことがある。エレベーターの中、地下鉄の駅、空港、ショッピングモールなど至るところで、彼女は私のほうをじっと見つめていた。彼女は中国を代表する女優として名を馳せているが、女優という型にはめてしまうと本当の范冰冰を理解することはできない。きっと中国の誰もがそう言うだろう。たとえば 2018 年、愛用しているフェイスマスクをSNSに投稿しただけで、大手の EC プラットフォームのサー バーがクラッシュした。彼女はそんな人物だ。

范冰冰は 1981 年生まれ。“インフルエンサー”という言葉が世間一般に浸透する 20 年も前から芸能活動を始 めているが、インフルエンサーこそが彼女の本質を的確に表せる唯一の言葉かもしれない。卵の殻のような真っ白な肌。大きな瞳。ダイヤモンド 型の顎のライン。范冰冰がこの世に 現れる前は、誰も彼女に似ていな かった。けれども今では、大量の“コ ピー”が生まれ、彼女のソックリさんが大勢いる。中国の写真加工アプリの Meitu のデフォルトのフィルター がそうさせているのではないか、というのが私の仮説だ。しかし、彼女はただ美しいだけではない。その存在は一大ビジネスなのだ。

コロナ禍のため、WeChatのビデオ通話を使って彼女への取材を行った。北京のフォトスタジオにいた彼女は、ちょうど撮影が終了したところだった。どうやらスタジオは寒いようで、彼女は黒いビーニーを頭にすっぽりとかぶり、中国人デザイナーの Christopher Bu がデザインした、前身頃に太い紐が付いた卵型のダウンジャケットを着ている。私の携帯電話の画面いっぱいに映る彼女の顔は、白い肌が輝いている。数え切れないほどの“彼女のコピー”を見てきただけに、その原型を目の当たりにすると違和感を覚えるほどだ。

世界中の誰もがそうだが、彼女もまたパン デミックの影響を受けている。中国での映画の制作や公開が滞っているのだ。そこで彼女は空いた時間を埋めるために新しいチャレン ジを始めたと話す。料理に挑戦したり(ポケボ ウルを作ったそうだ)、夜中の 2 ~3 時まで起きて、美容のチュートリアルや Douyin(中国 版TikTok)の動画を見たり、Instagram をスクロールしてインスピレーションを得たりすることが日課となっている。夜ふかしは悪い習慣であることを認めているものの、すぐには改められないようだ。「時間があっという間 に過ぎてしまうので、寝る時間がもったいないのです」

范冰冰は失った過去数年間を取り戻そうとしている。すべてを手に入れようとしていた矢先の 2018 年、彼女は残酷な運命の逆転を経験したからだ。その発端となったのは、元TVキャスター兼司会者の崔永源(ツェイ・ヨンユェン)の、私怨だった。彼女が出演した映画、 『手機(ケータイ)』。これは人気映画監督の馮小剛(フォン・シャオガン)の作品だが、同映画に登場する“不倫関係に陥り、愛人に司会者 の座を奪われる人気キャスター”という主人 公が、崔永源をモデルにしているのではないかと憶測された。そのため彼は映画公開後にマスコミに追い回され、世間に誤解されたことを公に訴えていた。そして再び范冰冰出演 で続編『手機2』の製作計画が浮上。これに激怒した崔永源は、范冰冰を含む同作品の関係者の暴露を始めた。最初の告発は、『手機2』の 4 日間の撮影に対して約150 万ドルが范冰冰に支払われていたという主張。次に、実際は彼女には800万ドルという報酬が支払われてい たことを明記する別の契約書を公開し、彼女が脱税するために二重契約していた事実を証明。この衝撃のニュースが SNS で炎上。范冰冰側は脱税疑惑を否定したものの、その後彼女は消息不明に。

このようにして、国民的大スターが一変して世間の反感を買う対象となってしまった。映画『エア・ストライク』は中国での公開が中止され、主演を務めた『L.O.R.D 2』も無期延期に。また、時代劇『Legend of Ba Qing』の制作会社が、 別の女優で撮り直したという噂も流 れた。アイドル歌手や俳優として活 動している彼女の弟や、当時彼女と 婚約していた俳優の李晨(リー・チェ ン)の仕事まで凍結される事態に発展した。彼女と同じように脱税を暴露されることを恐れた他の中国人芸能人たちは、必死になって納税を申告するようになった。また、彼女の契約書に記載されていた天文学的な金額が契機となったのか、映画制作における俳優のギャラは制作費の40%、主演俳優は俳優の総ギャラの 70%を上限とする新たなルールが導入された。

中国メディアは彼女の報道の検閲を開始し、彼女はソーシャルメディ アでの発信を完全に停止。ファンは失踪した彼女を心配した。弟は、自身のファンミーティングで涙を流しな がら「10 年後もここに立っているかどうかわからない」という暗示的な 発言をした。婚約者の李晨との結婚も実現しなかった。その前年に行われたピンクをテーマにした范冰冰のバースデーパーティでは、李晨がプロポーズしたことと婚約プレゼント (ロシア人形作家のマリーナ・ビチコバが彼女に似せて製作したドール))が世間を賑わせ、写真が SNSで拡散されていたというのに。范冰冰は政府の監視下に置か れ、自宅軟禁を余儀なくされた。そうして 3 カ 月の沈黙の後、彼女の Weibo アカウントに公開された手紙にはファンと国民への謝罪が記されていた。

MIU MIUのドレス、
MAISON SANS TITREのリング

私は彼女に脱税事件について尋ねてみた。 するとちょうど 1 年前に『ニューヨーク・タイ ムズ』紙に答えた内容とほぼ同じ回答が返ってきた。「誰の人生もつねに順風満帆ではあり ません」。そして自分はいつだって困難に立ち 向かうタイプの人間であるとも付け加えた。

幼少期から忙しく働いてきた彼女は、子どもの頃に人形遊びをする時間がなかった。しかし今は人形遊びがリラックスする方法だと語る。希少なバービーや日本のボールジョイントドールなどをコレクションしているという。

彼女は山東半島東部に位置する港湾都市、煙台の出身。父は海軍の芸術団の歌手、母はダンサーだった。上海のテレビ・映画学校を経て、1998 年に清朝の宮廷をテーマにしたドラマ『還珠姫~プリンセスのつくりかた~』のメイド役でテレビ出演を果たした。

しかし彼女の名を一躍有名にしたのは、2003 年に最高の興行収入を記録した『手機』で演じた TV キャスターの愛人役だった。その頃、彼女は大手映画配給会社の華誼兄弟が所有する代理店に所属していたが、4 年後の2007 年に個人事務所、范冰冰工作室を設立している。同事務所では映画の投資、プロデュース、出演、さらには次世代のスターを育成する機関も立ち上げた。中国で初めて 10 億元(1 億5,000万ドル)以上の興行収入を記録した2012 年の『ロスト・イン・タイランド』では、自 分自身で「范冰冰」役を演じるほどの有名人に なっていた。

現代のパワーウーマンの典型とみなされている彼女は「范大師」というニックネームで呼ばれている。ちなみに中国語で「大師」とは、 男性を指す言葉。記者から「お金持ちと結婚し たいか」と聞かれた際に、「私がお金持ちです」 と回答したことは有名だ。また、不躾な相手への切り返しにも長けていることを証明してい る。外側だけは美しく、内側は空っぽという意 味で花瓶にたとえられたときは、「私が花瓶な ら、置く場所を選ぶような貴重なものでしょ う」と言いのけた。

つねに強い女性の役を演じていることも、 彼女の魅力のひとつだ。その役柄と本人とを重ねるため、“多くの女性が共感し尊敬するような女性”というイメージが視聴者の無意識に刷り込まれている。唐の宮廷で出世し、帝国唯一の女性支配者となる女性。自分の人生を支配しようとする男たちからふたりの子ども を連れて逃げる北京のマッサージ師。神秘的 な力を操るCG のキャラクター。彼女のファンの多くは文化大革命後に生まれた世代。つ まり、大事に育てられ教育を受けたひとり娘 たちである。そんな彼女たちは、私生活でも キャリアでも、欲しいものすべてを手に入れ たいのだ。彼女たちの目には、范冰冰はサクセ スストーリーとして映る。

范冰冰が登場したのはちょうど中国の映画 産業のブームの真っ只中であり、さらにそれ は映画館の枠を超えてホームエンターテイメ ントや関連グッズに発展した時期と重なって いた。中国の映画スタジオは、今やハリウッドに匹敵する存在となっている。アメリカの大手といえばユニバーサル、パラマウント、ディズニー、ワーナー。同様に中国には華誼兄弟、 テンセント・ピクチャーズ、歓喜伝媒集団がある。中国の人たちは、『アベンジャーズ』のようなアメリカ映画を観るが、その一方で、『ウォーリアー& ウルフ』や『ザ・エイト・ハン ドレッド』のような中国で製作された映画も大好きだ。中国国内では規制があるため興行される外国映画の数が限られている。ハリウッド映画が中国のスター俳優を起用するときは、数少ないその枠に入る可能性を高めた いという狙いがある。中国で上映されることになれば、最終的には大規模な観客数を確保できるからだ。范冰冰が『X-MEN: フューチャー& パスト』のブリンク役に起用されたのも、このような理由からだろう。 中国の有名人は、他の国に比べて道徳的な規範を示さなければならない。

范冰冰のような大物にはよくあることだが、彼女の家族は 共産党員だ。彼らは公に政治には触れない傾向があるが、政府が提唱する「正能量(ポジ ティブなエネルギー)」を愛国主義映画という形で広めるときは例外だ。たとえば彼女は『スカイハンター 空天猟』で、人民解放軍の戦闘機パイロットを演じている。また、海外の授賞式でレッドカーペットを歩くことも、一種の 愛国心の表現にあたる。脱税スキャンダル以 前、彼女は国際映画祭のベストドレッサーリストにも頻繁に名を連ねていた唯一の中国人 女優だった。2010 年のカンヌ国際映画祭のレッドカーペットでまとった、躍動感のある龍が裾に施された皇帝のような黄色のドレス は、今でも国民の脳裏に焼きついているだろう。

「心の中で恥じないことをする、 それが一番大切です」

彼女が公式の場に再登場したのは、スキャンダルから1年弱が経過した頃。2019年に行われた中国の動画ストリーミング会社、iQIYI のアニバーサリーガラだった。控えめな Alexander McQueen のパンツスーツと De Beers のダイヤモンドという衣装は、映画祭のレッドカーペットの豪華なドレスとはかけ 離れていた。彼女は、ほとんどのゲストが到着した後にさりげなく会場入りし、メディアの質問にも応じなかった。ガラのディナーで は、乾杯の音頭をとったり、パーティゲームに興じたりしていた彼女は、周囲の反応を伺っ ているようにも見えた。しかしWeiboにその 様子が拡散されると、「一生、女優業を禁止す べきだ」という激しいコメントが飛び交った。彼 女は、こうした批判もまた仕事の一部として受け入れている。「もっとも大切なのは、今やっていることが正しいかどうかということではないでしょうか?」と彼女は話す。「心の中で恥じないことをする、それが一番大切です」

スキャンダルの間、彼女を支えてくれたのは少数の親しい友人たちだったという。「親友たちのおかげで、世界はまだ温かいと感じることができました 」。 3 9 歳になった昨年の誕生日には、誕生日を祝ってくれた 15 人の業界人に感謝するような投稿をしている。彼女は、 現在の彼女はこのような形でファンとつながスキャンダル前に大勢いた“うわべだけの友 人”を失ったことを悲観していない。「みんなと友達になれるわけではないことは、幼い頃 からわかっていました」と彼女は言う。「本当の友達と呼べる人は 3人から5人くらいしかいないものです」

ここ数年、范冰冰は映画には出演していないものの、女優としての復帰を諦めているわ けではないようだ。1「引退後の人生がどうなるかなんて、考えたこともありませんでした」 と彼女は言う。今の彼女は“誰かを演じる”の ではなく、“ありのままの范冰冰”を頼りにす ることを決めたのかもしれない。 最近の彼女の活躍の場といえばもっぱらスマホ画面。スキャンダル前からフォロワーを 増やしていた SNS 型ショッピングアプリ、 Xiaohongshu(小紅書)のライブストリーム や動画で、彼女はフェイスマスクや美容液などのコスメを紹介している。世間は Xiaohongshuに彼女が戻ってきたことを歓迎しているようだ。「あなたの望む生活を探す」がモットーの同アプリは、3 億人以上のユーザーがライフスタイル製品のレビューをシェアするというもの。范冰冰は現在1,200 万人のフォロワーを持ち、フライト前のルーティンとして行う15分のフェイスマッサー ジなどの情報を投稿している。最初は他のブランドの商品を宣伝していたが、現在は自分が立ち上げた化粧品ブランドであるFan Beautyのプロダクトを紹介している。iQIYI のパーティに登場した直後、Fan Beauty は海ブドウのフェイスマスクの発売を開始したの だ。彼女と関わるわることにいまだにナーバスに なっている業界の仲介業者に頼らないため、 現在の彼女はこのような形でファンとつなが るほうが適しているようだ。

范冰冰は、スキャンダル以前から出演が決 定していた来年公開予定のハリウッド映画、『ザ 355』で銀幕に戻ってくる。世界を滅ぼす 兵器を追いかける女スパイの物語で、ジェシ カ・チャステイン、ペネロペ・クルス、ルピタ・ ニョンゴ、ダイアン・クルーガーらと共演して いる。彼女は『ザ 355』の撮影では多くのこと を学んだが、そのなかでも他の共演者たちの ワークライフバランスの管理方法は特に勉強 になったそうだ。「私はほとんどの時間仕事をしているので、友人と会う時間も、ペットと過ごす時間も、家族と過ごす時間もほとんどあ りません」

家族にとって彼女はどんな存在なのかと尋 ねると、「希望を与える役」とだけ答えた。彼 女の弟、范丞丞(ファン・チョンチョン)は、姉の後を追って芸能界に入った。彼は、韓国アイドルの強化合宿にヒントを得た、練習生が9名 のポップグループのメンバーの座を競う『アイドル・プロデューサー(偶像練習生)』とい うオーディション番組に参加し、見事合格している。

弟は彼女より 19 歳年下。そこで、彼女が業界に入った当時と彼の時代を比べてどうかと質問した。すると取材中に范冰冰が発したもっとも強い口調で「全然違います」と答え た。彼女の説明によると、彼女の世代にとってのスーパースターとは、人々の記憶の中で生き続ける存在であるという。「スターは長い 間、人々に記憶され、尊敬されていました」。 だが、今は違う。「あるスターを好きになって も、次の日には似たような人が現れるかもしれないのです」。今日のエンターテインメント業界では、同じ役を演じられる人は他にもおり、その人にしかできない役などまずない、と 彼女は断言した。

その違いはスターの輩出方法のせいなの か、観客のせいなのだろうか。いずれにせよ、 現在の芸能界では伝説級のスターは誕生しないと彼女は考えている。范冰冰という象徴的な存在でいることは極めて稀なことなのだ。 若手の俳優が印象に残らないのは、誰もが范冰冰を模倣しているからかもしれない。

(1) 2020年5月、中国の動画サービス、Youkuが配信す るドラマで范冰冰がテレビに復帰することが発表 された。秦の時代を舞台にした時代劇『Win the World(赢天下)』に主演し、万里の長城建設の資金援 助をする未亡人の起業家役を演じる。『サウスチャ イナ・モーニングポスト』紙は、7000 万ドルの予算 をかけたこのシリーズは、中国史上最も高額な作品 であると報じている。

(1) 2020年5月、中国の動画サービス、Youkuが配信す るドラマで范冰冰がテレビに復帰することが発表 された。秦の時代を舞台にした時代劇『Win the World(赢天下)』に主演し、万里の長城建設の資金援 助をする未亡人の起業家役を演じる。『サウスチャ イナ・モーニングポスト』紙は、7000 万ドルの予算 をかけたこのシリーズは、中国史上最も高額な作品 であると報じている。

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こちらの記事は Kinfolk Volume 33 に掲載されています

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