口に出して言うことはなかったが、お互い北アフリカ出身だったため、アライアとは暗黙のうちに親近感を抱いていたとケルファは言う。フィッティングのときはエジプト人歌手ウム・クルスームの音楽を流し、夜はアブ ドゥル・ハリム・ハーフェズの映画を見て過ごした。ケルファはミューズ以 上の存在だった。彼女がモデルという枠を超え、彼のデザインスタジオの代表として働くことを決意したのも、それがアライアだったからだ。また、後にドキュメンタリー映画制作の道を歩むことを決意したとき、それに立 ち向かえる自信も彼が与えてくれたのだと彼女は言う。「最高の友人でしたので喪失感も大きいです。彼を失うのは本当に辛いことでした」7
自分の物語を書き始めてみると、それがいかに「常軌を逸していたか」を 思い知らされると彼女は語る。ファッション界へ飛び込み、第一線で活躍 した黄金時代は過ぎ去ったが、彼女は過去を懐かしむことはない。時を経 ても変わらない、かけがえのない友情が何よりも大切だ。「昔からずっと支えてくれた人々を心から信頼していますし、とても感謝しています」と彼 女は言う。ナオミ・キャンベルとエル・マクファーソンは、彼女のInstagram にしばしば登場するほど仲良しだ。ゴルチエとルブタンはいまでも親友で あり、彼女が手がけた 2 本のドキュメンタリー作品の被写体にもなってい る。ケルファはカメラの前に立つよりも後ろにいる方が快適だと言い、ドキュメンタリーを手がけたきっかけについてこう話してくれた。「テレビの 司会者の仕事を依頼されたのですが、気が乗りませんでした。でもそのプ ロデューサーが、ジャン=ポール・ゴルチエのドキュメンタリー作品も担当 していると知ったので、『彼ととても親しいのでその仕事はできます。それ に本当の彼らしさが反映されている作品を見たことがないので作りたい です』と言ったのです。撮影の初日には、『私、何てことをしちゃったんだろう?』と思いましたが、実際はうまくいきました」
そしていまもなお、ケルファは世界中のファッションショーで存在感を 表 し て い る 。フランス版『Vanity Fair 』誌 は 、2022年のもっともスタイリッシュなセレブリティ30 人に彼女を選出した。同年10 月には、カタールのドーハで行われたナオミ・キャンベルが運営するチャリティーイベント 「Fashion for Relief EMERGE」のランウェイショーで、キャンベルやジャ ネット・ジャクソンと一緒にクロージングを飾った。それでも、いま一番興 味があるのは、映画監督という仕事だ。2017 年、彼女は「個人的な芸術プロ ジェクト」に集中するため、メゾンブランド、Schiaparelli のミューズとしての役割を退任した。それ以来、ストーリーを語ることに専念している。
最新作『From the Other Side of the Vei(l 原題)』(ヴェールの向こう側) で、ケルファは中東のイスラム女性を称え、そしてスカーフで頭髪を覆う 彼女らを「主体性や野心のない犠牲者」として扱うことに異議を唱えてい る。学校でスカーフをかぶることが許されていないフランスでは、これは 特に争点の多い問題だ。スカーフを含め、いかなる衣類でも女性に強制的 に着用させたり、脱がせたりするのは、「とても後進的」だと彼女は言う。「そして、学校でスカーフを禁止すれば、彼女たちは言われたとおりに外す と(フランス政府は)信じているのです……そんなことはありえません」。8 あきれた表情をする彼女の目の奥には、自分のルールで人生を切り開くた めに家を飛び出した反抗的なティーンエイジャーが映っていた。自由に導 かれてきた彼女は、個人の自由の大切さを誰よりも知っているだろう。