海岸沿いの村クシラに釣り用の別荘を、さらに後には家族用の家屋をイウリダに購入したものの、島での彼の本宅は最初の自宅兼アトリエのままであった。ファシアノスの娘ヴィクトリアは、幼少期から毎年夏を島で過ごしていた。彼女は、家族とともに休暇を過ごしていても、父が夜になると家の中で制作に没頭する様子を覚えているという。
この建物の形と構成は、イウリダに見られる典型的な質素な家屋であり、このような住居は島の農村住宅の形式から発展したものである。19世紀から20世紀にかけて、ケア島の農民たちは、日曜や祝祭日に集うための場として、主要な村に簡素な住まいを構えるのが一般的であった。いわば「休暇用の家」であったが、通常田舎に作る別荘を集落に作るという、一般とは逆転した文化が根づいていた。
玄関を入ると小さな居間があり、そこを境に家は2つの部分に分かれている。片側には寝室が、反対側には作業スペースがあり、そこから小さなキッチンへと続く。4つの部屋はいずれもコンパクトで、約5~9平方メートルほどだが、外にはテラスがあり、家の空間を体感的に倍以上に広げている。テラスは、段差や階段、ベランダが連なるイウリダの集落の中に、この家を自然に溶け込ませている。南と西に面したテラスからは、イウリダの町並みと対岸の丘陵を見渡すことができ、視線は海の彼方へと抜けていく。地面に絵を描くことを好んだファシアノスが大きな作品に取り組む姿がテラスからしばしば見えた。
長年にわたり、ファシアノスは家本来の建築の個性と簡素さを保つため、改修は最小限にとどめていた。島には馴染みのない瓦屋根も、便利さから多くの人が採用していたが、彼は伝統的な木と土で作られた平屋根を守るため、そうしなかった。天井に今も残る枝や葦の格子は、むしろ家の特色を際立たせている。ドア枠や雨戸には伝統的な色彩を探し出して塗り、床も元の状態を大切に維持した。
このような長年のファシアノスの意志の力によって、ケア島の伝統的建築の見事な例が現在でも保存されている。質素で飾り気のない家は、数え切れない作品や所蔵品を静かに受け止める「背景」のような役割を果たしている。ケア島出身でファシアノス財団に関わるアーティストのテオドラ・パティティによると、この家にあるものは、彼の死後に意図的に配置されたものではない。むしろ、ほとんどの品々はファシアノスが残したままの場所にある。絵を描いていた机や、電話線のなかった家で板に走り書きされた友人へのメモなどは、保存のためではなく、むしろ忠実にそのまま残すことを重視している。
たとえばヤニス・ツァルーキスが描いてファシアノスに贈った皿や、民芸作家デラピツァスの絵など、地元の友人や客が作った数点の品を除けば、今日ここにあるものはすべてファシアノス自身が制作したものか、何らかの形で彼の存在を感じさせるものだ。ほぼすべての壁にファシアノスの絵画が飾られているが、目を引くのはむしろ細々としたオブジェだ。日用品、おもちゃ、即興で作られたもの、手描き装飾が施されたさまざまな小物。ソファ、デスク、ナイトテーブル、食器棚には花や魚のモチーフが描かれ、花瓶や陶器には彼の代名詞とも言える髪の毛をなびかせた顔が描かれている。缶で作られたおもちゃの風車の隣に手作りスピアガンが置かれ、大小さまざまな素材で作られた影絵のドラゴンが部屋のあちこちに吊るされている。
「ほとんどの品々はファシアノスが残したままの場所にある」
このような生活に根ざした作風は、ファシアノスの芸術観と人生観の両方において、中心的な位置を占めていた。2002年のインタビューで、詩人オディッセアス・エリティスがかつて過ごした禁欲的な部屋を回想しながら、ファシアノスは自身の見解を簡潔にこうまとめた。「最大の富とは、小さな部屋であり、机であり、ベッドであり、目の前や背後に置かれた物たちだ。だから私は、ベッドの横にある小さなナイトスタンドや椅子、身近な物たちに絵を描くのだ。そして、最大の富とは、自らの世界を創り出し、その世界に自らを包み込み、そこから外へと輝きを放つことだ」
興味深いことに、部屋に集められた小品の数々は、ケア島そのものに関する習作である。イウリダの家々や島の風景、海を描いた絵画は、後に彼の代表作で繰り返し描かれる題材となった。1しかし同時に、島の微細な自然(鳥、虫、魚、果実、ハーブ)に対する無数の緻密な観察も存在する。彼はこれらの素描を、『The Small Things of Kea』(ケア島の小さなものたち)、『The Antiquities of Kea』(ケア島の古代遺物)、『The Fish of Kea』(ケア島の魚たち)と題する島に捧げた3冊の書籍にまとめ上げた。好奇心と愛情を込めて生み出されたこれらのドローイングや工芸品がケア島全体をこの家の中に招き入れようとする一方で、逆にこの家自体がケア島の一部になろうとしているかのようだ。