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HOME TOUR ALEKOS FASSIANOS

ホームツアーアレコス・ファシアノス

  • Interiors
  • Volume 51

ギリシャ・ケア島にある画家のアトリエを訪問。
Words by George Papam. Photos by Bill Stamatopoulos.

市松模様のタイル張りのテラスに置かれた一脚の椅子とテーブル。テーブル上の皿に盛られた2匹の大きな魚は、まるで客を待っているようだ。赤、緑、青の遊び心ある水彩の筆致で描かれたこの絵画は、おそらく手近にあった紙切れに描かれたものだろうが、その素朴な単純さが見るものを惹きつける。上部には作者の直筆で「ケア島の良き魚」という文字。画家アレコス・ファシアノスの家に足を踏み入れると、この言葉と絵が迎えてくれる。この家全体が、ギリシャにあるこの島と魚への賛歌であり、またファシアノスの気取らない本質を捉えた作品なのだ。

ケア島の中心となる集落イウリダの北斜面の高台に建つこの家は、50年以上にわたりファシアノスの夏の別荘兼アトリエであった。ファシアノスは民間伝承とギリシャ神話の夢幻的な世界観を日常と織り交ぜる作風で称賛されている画家だ。アテネとパリで絵画とリトグラフを学んだ彼は、両都市を行き来しながら制作活動を続けていた。そんななか1960年代半ばに初めてケア島を訪れ、この島に深く感銘を受けたという。

ケア島(ツィアとも呼ばれる)は、エーゲ海に浮かぶキクラデス諸島の中で最西端に位置し、アテネにもっとも近い島である。周辺の有名な島々とは対照的に、現在でも観光化があまり進んでおらず、かつての産業の面影を残している。この島では昔から農業が盛んに行われ、皮なめし工場や大規模なエナメル製品工場なども点在していた。

1960年代のギリシャでは、イドラ島が作家や芸術家たちの楽園として知られていた。しかし、ファシアノスは外国人や知識人があまりにも多く集まるその雰囲気を好まなかった。彼はアート界の喧騒から離れ、より静かで地に足のついた場所を望んでいたのである。なかでも、釣りを楽しめる複数のビーチにアクセスできることを重視した。彼は1967年に家を購入し、多忙なアテネや雨の多いパリから離れて安らぎの休息を求め、亡くなる前年の2021年まで毎年夏にこの島を訪れ続けた。現在では、ファシアノスの訪島の習慣を受け継ぐ形で、ファシアノス邸は毎年夏にアトリエを一般公開している。

イウリダの迷路のような路地を抜けて邸宅へと近づくにつれ、Googleマップはほとんど役に立たなくなる。しかし、道中では少しずつファシアノスの痕跡が姿を現し始める。学校の壁には、石彫りのレリーフで刻まれた、彼の代名詞ともいえる横顔。緑の扉には、独特の筆致で描かれた、色あせた六翼の像。そして、民家の庭門を見張るのは、黒い金属のドラゴンである。ファシアノスは民衆の芸術家として知られることを望み、村人たちと芸術を分かち合った。司祭が六翼の聖像画を依頼した時も、肉屋と隣人から壁画を頼まれた時も、彼は喜んで村の路地で何時間も絵を描いたという。ファシアノスは地元の職人たちと親しくなり、ともに仕事をした。島のカフェでは、長い時間会話を楽しんだ。アテネの友人である画家ニコス・ステファヌやヴァシリス・スペランツァスを島に招くこともあった。こうして、彼はケア島とその住民たちとの深い絆を築いたのである。

海岸沿いの村クシラに釣り用の別荘を、さらに後には家族用の家屋をイウリダに購入したものの、島での彼の本宅は最初の自宅兼アトリエのままであった。ファシアノスの娘ヴィクトリアは、幼少期から毎年夏を島で過ごしていた。彼女は、家族とともに休暇を過ごしていても、父が夜になると家の中で制作に没頭する様子を覚えているという。

この建物の形と構成は、イウリダに見られる典型的な質素な家屋であり、このような住居は島の農村住宅の形式から発展したものである。19世紀から20世紀にかけて、ケア島の農民たちは、日曜や祝祭日に集うための場として、主要な村に簡素な住まいを構えるのが一般的であった。いわば「休暇用の家」であったが、通常田舎に作る別荘を集落に作るという、一般とは逆転した文化が根づいていた。

玄関を入ると小さな居間があり、そこを境に家は2つの部分に分かれている。片側には寝室が、反対側には作業スペースがあり、そこから小さなキッチンへと続く。4つの部屋はいずれもコンパクトで、約5~9平方メートルほどだが、外にはテラスがあり、家の空間を体感的に倍以上に広げている。テラスは、段差や階段、ベランダが連なるイウリダの集落の中に、この家を自然に溶け込ませている。南と西に面したテラスからは、イウリダの町並みと対岸の丘陵を見渡すことができ、視線は海の彼方へと抜けていく。地面に絵を描くことを好んだファシアノスが大きな作品に取り組む姿がテラスからしばしば見えた。

長年にわたり、ファシアノスは家本来の建築の個性と簡素さを保つため、改修は最小限にとどめていた。島には馴染みのない瓦屋根も、便利さから多くの人が採用していたが、彼は伝統的な木と土で作られた平屋根を守るため、そうしなかった。天井に今も残る枝や葦の格子は、むしろ家の特色を際立たせている。ドア枠や雨戸には伝統的な色彩を探し出して塗り、床も元の状態を大切に維持した。

このような長年のファシアノスの意志の力によって、ケア島の伝統的建築の見事な例が現在でも保存されている。質素で飾り気のない家は、数え切れない作品や所蔵品を静かに受け止める「背景」のような役割を果たしている。ケア島出身でファシアノス財団に関わるアーティストのテオドラ・パティティによると、この家にあるものは、彼の死後に意図的に配置されたものではない。むしろ、ほとんどの品々はファシアノスが残したままの場所にある。絵を描いていた机や、電話線のなかった家で板に走り書きされた友人へのメモなどは、保存のためではなく、むしろ忠実にそのまま残すことを重視している。

たとえばヤニス・ツァルーキスが描いてファシアノスに贈った皿や、民芸作家デラピツァスの絵など、地元の友人や客が作った数点の品を除けば、今日ここにあるものはすべてファシアノス自身が制作したものか、何らかの形で彼の存在を感じさせるものだ。ほぼすべての壁にファシアノスの絵画が飾られているが、目を引くのはむしろ細々としたオブジェだ。日用品、おもちゃ、即興で作られたもの、手描き装飾が施されたさまざまな小物。ソファ、デスク、ナイトテーブル、食器棚には花や魚のモチーフが描かれ、花瓶や陶器には彼の代名詞とも言える髪の毛をなびかせた顔が描かれている。缶で作られたおもちゃの風車の隣に手作りスピアガンが置かれ、大小さまざまな素材で作られた影絵のドラゴンが部屋のあちこちに吊るされている。

「ほとんどの品々はファシアノスが残したままの場所にある」

このような生活に根ざした作風は、ファシアノスの芸術観と人生観の両方において、中心的な位置を占めていた。2002年のインタビューで、詩人オディッセアス・エリティスがかつて過ごした禁欲的な部屋を回想しながら、ファシアノスは自身の見解を簡潔にこうまとめた。「最大の富とは、小さな部屋であり、机であり、ベッドであり、目の前や背後に置かれた物たちだ。だから私は、ベッドの横にある小さなナイトスタンドや椅子、身近な物たちに絵を描くのだ。そして、最大の富とは、自らの世界を創り出し、その世界に自らを包み込み、そこから外へと輝きを放つことだ」

興味深いことに、部屋に集められた小品の数々は、ケア島そのものに関する習作である。イウリダの家々や島の風景、海を描いた絵画は、後に彼の代表作で繰り返し描かれる題材となった。1しかし同時に、島の微細な自然(鳥、虫、魚、果実、ハーブ)に対する無数の緻密な観察も存在する。彼はこれらの素描を、『The Small Things of Kea』(ケア島の小さなものたち)、『The Antiquities of Kea』(ケア島の古代遺物)、『The Fish of Kea』(ケア島の魚たち)と題する島に捧げた3冊の書籍にまとめ上げた。好奇心と愛情を込めて生み出されたこれらのドローイングや工芸品がケア島全体をこの家の中に招き入れようとする一方で、逆にこの家自体がケア島の一部になろうとしているかのようだ。

(1) ファシアノスの作品でもっともよく知られ、おそらくもっとも多くの人々の目に触れているもののひとつは、アテネ地下鉄メタクソルジオ駅にある。それは2000年に、2点の大型壁画制作を依頼されて描かれた《The Myth of My Neighborhood》という作品である。1点は野外映画館、通り過ぎる自転車乗り、フォークシンガーを描き、もう1点は果物市場で、野菜を秤で量る店員を描いている。

(1) ファシアノスの作品でもっともよく知られ、おそらくもっとも多くの人々の目に触れているもののひとつは、アテネ地下鉄メタクソルジオ駅にある。それは2000年に、2点の大型壁画制作を依頼されて描かれた《The Myth of My Neighborhood》という作品である。1点は野外映画館、通り過ぎる自転車乗り、フォークシンガーを描き、もう1点は果物市場で、野菜を秤で量る店員を描いている。

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こちらの記事は Kinfolk Volume 51 に掲載されています

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