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  • Arts & Culture
  • Volume 29

Jenny Slate
ジェニー・スレイト

自由な生き方とコメディアンを掛合わせるとどうなるだろう? ジェニー・スレイトのLAの自宅で彼女の話術に感銘を受ける。
Words by Robert Ito. Photography by Emman Montalvan. Styling by Jesse Arifien. Makeup by Kirin Bhatty. Hair by Nikki Providence. Set Design by Kelly Fondry. Photo Assistants by Patrick Molina & Angel Castro.

COSのセーター、Ajeのコートとトラウザー

自由な生き方とコメディアンを掛合わせるとどうなるだろう? ジェニー・スレイトのLAの自宅で彼女の話術に感銘を受ける。
Words by Robert Ito. Photography by Emman Montalvan. Styling by Jesse Arifien. Makeup by Kirin Bhatty. Hair by Nikki Providence. Set Design by Kelly Fondry. Photo Assistants by Patrick Molina & Angel Castro.

今夜、ジェニー・スレイトはロサンゼルスのナイトクラブLargo atthe Coronetのステージに立ち、観客たちを爆笑の渦に巻き込んでいる。私は何とかして彼女のジョークをノートに書き留めようと頑張っているが、会場内が非常に暗く彼女が早口でネタをどんどん展開していくため、私のノートには解読不可能な文字が並んでいる。スレイトは作家であるフィアンセの見事に完成された夢と、彼女自身の奇妙で不愉快なそれを比べたと思えば、次に毒を摂取した場合は「しっかり睡眠をとって治そう」とするのは無意味だと切れ目なくしゃべる。黒いTシャツとジーンズに身を包んだ彼女は、舞台の上で絶好調だ。ファンの歓声が鳴り止まない。コメディ・ドラマ『パークス・アンド・レクリエーション』やバラエティ番組『サタデー・ナイト・ライブ』時代からの長年のファンもいれば、最近のNetflix制作の番組『ジェニー・スレイトの舞台負け』で彼女を知ったという人もいるだろう。実はこのライブからほんの3 時間前まで、私はスレイトを取材していた。シルバーレイクに近いクラフツマン様式の素敵な自宅で、彼女の生い立ちなどについて話を聞いていたのだ。すると「今夜のライブに来てくれますよね?」と私をライブに誘ってくれたのだった。

今日私がスレイトの家に到着すると、玄関のドアは全開でハチドリが木の周りを飛び回っていた。そのときの彼女はまだ黒のTシャツとジーンズという服装ではなく、お菓子を焼くときに着るようなギンガムチェックのカジュアルなロングワンピースを着ていた。そして実際にレモンスクエアを焼いていて、私にも出してくれた(絶品だった)。スレイトのフィアンセのベン・シャタックが奥から顔を出し、私にあいさつしてくれた。彼はアイオワ大学の名門ライターズワークショップの卒業生であり、プッシュカート賞の短編小説賞を獲得したばかりの小説家だ。

彼女は部屋の中を案内してくれた。デスクの上に並べられた宝物(小石、貝殻、小さなオルゴールなど)や壁に飾られた額について説明してくれた。スレイトの両親が若かった頃の1970 年代の写真。大勢の人によって高く持ち上げられた椅子に当時7歳だったスレイトが座り、大喜びしている一枚もあった。これは姉のバット・ミツバ(ユダヤ教の成人式)の祝福ダンスのワンシーンだ。そして部屋中に庭から摘んできた花が飾ってある。額装されて壁に掛けられている黄色いウグイスの小さな絵は、シャタックがクリスマスプレゼントに彼女のために描いたもの。「彼は私のことを黄色いウグイスって呼んでいます」。キャビネットの中には、色とりどりの長いキャンドルが数え切れないほど並んでいる。「キャンドルと布の収集癖があるんです」。まるで何かの儀式の準備をしているみたいですね、と私が感想を述べると「そうそう、今にも何かが始まりそうな雰囲気ですよね!」と彼女は答えた。そしてまるでささやくように「でも普通に暮らしているだけですから」と付け加えた。

ケーキを焼き、キャンドルを集めるジェニー・スレイトとお笑い芸人の彼女が同一人物だと思えない、としばしば言われるらしい。「コメディアンはタフな性格だと思われがちですよね。でも私はまったく違います。私は皮肉屋でもありませんし。私は何というか……」と言葉を探しながら少し間を空けて「厚かましい人ではないんです」と続けた。

しかし彼女が売れっ子であることは確かだ。スレイトはテレビドラマの『ボアード・トゥ・デス』や『ガールズ』、数々の賞を受賞した2014年の主演映画『Obvious Child』で注目され、キャリアを築いてきた。さらに子ども向けアニメ(『ズートピア』『悪魔バスター★スター・バタフライ』)から大人を対象にしたアニメ(『ビッグマウス』)の声優としても活躍している。

ここ数年はさらに活動の幅を広げ、高く評価された多数のプロジェクトに携わっている。昨年の10月にリリースされたドキュメンタリー作品『ジェニー・スレイトの舞台負け』は、NYのグラマシー・シアターで行ったスタンドアップコメディ、ホームビデオ、彼女の家族へのインタビュー映像が盛り込まれている。もっとも感動的なのは、極度のあがり症のため舞台に立つたびに不安感に襲われると打ち明けるシーンだろう(これがタイトルの由来になっている)。そんなに緊張するのなら、なぜ舞台に立つのだろう? 「今夜もライブがあるので、今とても緊張しています」と体を震わせながら彼女は私に言った。「でも私の弱さに共感してほしいのではありません」。というのは、彼女はスタンドアップコメディが大好きなのだ。「始まった瞬間にわかるんです。これがすごく大事だって」

舞台負け』は好評を博した。着飾ることの楽しさから、卑劣な男性の行為が次々と告発されるMeToo 運動の時代に恋愛に対して感じる恐怖まで、スレイトの人物像を深堀りしている。気ままに振る舞ったり、堂々としていたり、か弱かったりと多彩な顔をみせる彼女は実に魅力的だ。そしてひょうきんものでいたい理由は「人に近づきたいから」だと話す。不安感を跳ねのけたい、少しの間でも封じ込めておきたいという願望もある。「私の笑いは“楽しい枕”を自分の周りにかき集めて、一瞬だけでも体を休めたいという衝動から来ているのです」

『舞台負け』が公開された翌月、スレイトは初の著書であるエッセイ集『Little Weirds』を出版した。『ワシントン・ポスト』紙を含む各所から絶賛された。『ニューヨーク・タイムズ』紙に至っては「本の形をしたもの」と同書を定義しつつ、総じて高く評価している。スレイト自身は「感情的な存在の小さなかけらを集めたもの」と説明しているが、できれば自書について語りたくないと言った(私が無理にお願いすると彼女は「ふー」とため息をついた)。他の芸術的手段で叶わなかった表現法を文章では試すことができると彼女は言う。「文章は自由な表現法なので、何をしても許されます。本当に何でもありですよ。好きな文体を選んで書くことができます。スタンドアップコメディでは使えないような、悲しい内容でさえ書いても構わないのですから」。コロンビア大学英文学部出身のスレイトだが、自分が本を出す日が来るとは想像していなかった。そのため、書く作業には思いがけない楽しさがあった。同書は「私が今まで手がけた創作物のなかでもっとも貴重な作品」と話している。

2冊目の出版に対しても意欲的なスレイトだが、同時に『舞台負け』のような映像作品もまた作りたいと思っている。そして近いうちに「私にとって有意義なこと」を題材にしたスタンドアップコメディをするという新しい試みに取り組む予定だ。それは具体的にどういうことだろうか? 「恋愛ネタ以外はもうしないと思います。これからは恋愛の話だけをしているでしょう」

現在は映画の仕事に取り組んでいる。「ここ9~10カ月の間は、尊敬する監督のいくつかの作品に端役で出演しています」。そのひとつがソフィア・コッポラ監督の映画だ。さらにインディーズ映画の監督コンビ、The Daniels(ダニエル・シャイナートとダニエル・クワン)の作品も進行中。他には彼女が主人公の声を務めるコマ撮りアニメの長編映画も制作中だ。以前に作られた短編に引き続き、擬人化した「貝のマルセル」の声を担当している。

今後は、仕事だからと仕方なく引き受けたり、断る勇気がないためにズルズルと続けたりしたくないと彼女は話している。「演技がどうしてもできない時期があるんです。不快な気持ちになってしまって。ある種の嫌なことは、やらなくてもいいと思う主義なんです」。無理に我慢しないのだと彼女は言う。「きっと失敗するから! そして『私にはできません』なんて謝罪するでしょう。でもそんなこと絶対に言ってはいけないんです。普通は何も言わずにじっと自分の恥に耐えるべきなんです。でも私は嫌なんです! だって結局いつか死んでしまうわけですよね? だったら苦手なことを我慢して、自分を痛めつけたくなんてありません」

幼少期のスレイトは、自分を取り巻く環境に違和感を覚えていた。同年代の子に対しては「みんなと私は違う」とつねに感じており、また自分の体に対しても「ずっと大人の体になりたいと思っていた」そうだ。夏のサマーキャンプは好きだったが、学校へ通うのは苦痛だった。「学校には良い思い出がありません。学校について考えると『何か足りない。ここは違う。もっと別の友だちがほしい。本当の私を見てくれていない。私らしくなれる場所がない』という声が繰り返し聞こえてきます」

だからこそスレイトは、メンターとして自身と似たような環境にいる子どもたちを支援したいのかもしれない。「子どもが何でも相談できる保護者のような存在になりたいのです」と話す。「素晴らしい未来を作れるような子をサポートしたいですね」。昨年、スレイトはケープコッド海岸の沖合にある過疎の島、カティハンク島の分校でスピーチをした。それは島の唯一の中学生であるグウェン・リンチの卒業式だった。カティハンクでは、スレイトのフィアンセのシャタックが作家のためのレジデンスを運営している。「グウェンと一緒に時間を過ごしました。私よりも背が高いんですよ。彼女はしっかりしていて、何をするべきかちゃんとわかっていました。だから私のスピーチは『スタート地点に立ったあなたは、これから世界で羽ばたいていきます。この素晴らしい島と村から恩恵を受けすべてを兼ね備えた人に育ちました。あなたの性格も心も、島のミネラルが豊富に含まれています』という内容でした」

徐々に日が暮れてきた。今夜のライブの時間が刻々と迫っている。ダンスが大好きだが踊っている姿は誰にも見せられないほど滑稽だ、とスレイトは話し、そして何かを思い出そうとして黙り込んだ。「きっとこの話をするとドラッグをやっていたと思われるし、話したことを後悔するかも」とわざわざ前置きをしてから最近彼女の頭から離れない“あること”について語ってくれた(ドラッグのくだりは冗談で言っているだけだ)。

「外から強い風が吹き込んでいて、カーテンの紐が上下に揺れ動いていたんです。とてもリズミカルな動きでした。それがすごく良かったので、ああ、私が振付師だったら作品にして劇場でお披露目できるのに、と思いました。まず上下にブンブン動くカーテンの紐の映像が流れ、それが突然消えます。また照明が戻ると、舞台の上にこの部屋にあるナイトテーブル、ランプ、電話の巨大なセットが置いてあります。紐の端についているプラスチックの留め具は、実はよく見ると白いレオタードを着たダンサーなんです。ハーネスを付けて吊り下げられていて、ドーンって強く壁に叩きつけられています。そんななか、突然電話が踊り始めるんです」。そのイメージを想像して彼女は興奮していた。「でもこのアイデアは実現できないでしょうね。私はパフォーマンスアーティストでもダンサーでもないですし、きっと笑われてしまうだけだから。

でも本当は」とさらに続けた。「ずっとこのイメージが頭から離れないんです! 構想を練っているだけで幸せな気持ちになるんですよ。自分が夢中になれることが嬉しいんです」

そこで私は提案した。次の本で書いてはどうですか?

「そうですね。ダンスの動きを文章で説明できるかもしれません。私に勇気があれば『ねえ、これを一緒に作らない?』って周りに声を掛けて、奇妙なカーテンの紐のニューエイジ・バレエを形にすることができるかもしれませんが。でも書くことはできますね。想像したことを事細かに書き留めたいと真剣に思っていますから」

「コメディアンはタフな性格だと思われがちですよね。でも私はまったく違います。私は皮肉屋でもありません」

「コメディアンはタフな性格だと思われがちですよね。でも私はまったく違います。私は皮肉屋でもありません」

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こちらの記事は Kinfolk Volume 29 に掲載されています

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