しかし『We Need to Talk About Money』を構想した頃の彼女は、順風満帆のような印象を与えていたものの、実際にはロンドン南部の実家で両親と同居し、ごくわずかな収入で暮らしていた。将来は不透明で、マイホーム購入は到底叶わぬ夢だった。
デビュー作の印税が入って初めて、その夢は現実味を帯びた。それでも、30歳になった直後にマンションを購入するまでには、ユーワグバが記すように「何年も節約し、計算し、計画し、心配する」必要があった。さらにコロナ禍における内見制限、不誠実な不動産業者、自営業者である単独購入者としての彼女の返済能力を疑う金融業者とのやり取りなどの苦労にも耐えねばならなかった。こうしてユーワグバは、英国で自宅を所有する少数派の黒人アフリカ系(白人世帯の68%に対し22%)およびミレニアル世代(39%)の一員となったのだ。
世代間資産移転や職場での性差別、緊縮財政政策など、私たちのお金との問題のある関係の根源について、ユーワグバは著書の中で繰り返し言及している。しかしそれでも、人々は彼女を米国の金融アドバイザー、スージー・オーマンのミレニアル世代版のように扱おうとする。GanniやLoeweなどのブランドをおしゃれに着こなしながら、大衆にアドバイスを振りまく存在としてだ。編集者やプロデューサーは今も、経済的成功や体制との戦いに対処するための手軽なアドバイスを彼女に求める。社会全体の仕組みや制度に根ざした問題に対する即効性のある解決策を期待しているのだ。だがユーワグバは、つねにそれを断っている。「彼らは私に簡単な解決策とハッピーエンドを望んでいるのです」
「万人向けの金銭アドバイスなどありえません。結婚しているのか、離婚しているのか。何歳なのか。賃貸か持ち家か。黒人か白人か。こういうことが関係します。私はそういったアドバイスをするつもりはありません」「金融本の多くは、『私の言うことを聞きなさい』という内容です。『私が犯した過ち、無知だった点、知っておきたかったこと、あるいは別のやり方をしたかったこと』などについて語っています」。彼女は、上司がチャンスを与えてくれないのは、その人が白人でも男性でもないからかもしれないと示唆する。また、リベラルな友人たちは、その人が新居を手に入れたのは「堅実な貯金をしたからではなく、親からの援助のおかげだ」という事実を、恥ずかしくて他人に言えないだけかもしれないとも指摘する。
「誰かの参考になったり、教育的な内容であればいいのですが、ハウツー本のように書くつもりはまったくありませんでした。個人の状況に助言することもできません。ですが、私が綴った問題に対する気づきを通して、読者が何かを変えられるかどうかを考え始めるきっかけになればと思っています」
『We Need to Talk About Money』の成功は、人々が金銭についてどのように、またどの程度まで他人と話すかという点に影響を与えたと言えるだろう。ユーワグバはこう語る。「文化的な会話は本当に変わりました。2016年や2017年当時は、人々はお金や自分の給料についてオープンに話すことはほとんどありませんでした。私自身も、友人たちと収入などお金に関する話をすることはほとんどなかったのです。今では、おそらく多くの人が、自由に話せるようになっています」
実際、デジタルメディア『Refinery29』で人気の連載「マネー・ダイアリーズ」では、働く女性たちが1週間の支出を記録している。この連載に触発されて、多くの人々が自らの消費習慣を公開するようになった。こうした動きはソーシャルメディア上でとくに顕著で、一般の人々が給与額や家賃、貯蓄額などを率直に投稿する様子が見られる。2024年には、TikTokにおける金融関連コンテンツの投稿数が前年に比べて373%増加したとの報告もある。さらに、最近の調査では、18~30歳の59%が「フィンフルエンサー(金融インフルエンサー)」をフォローしていることが明らかになった。かつてはプライベートな領域だった家計管理が、今では公の情報として共有され、ライフスタイルの一部として語られるようになった、とユーワグバは指摘する。「こうした情報の内容には疑問を感じることがあります。というのも、表面的な情報が多く、メディアが意図的に大げさな見出しをつけてクリックを稼ごうとしているのが透けて見えるからです。たとえば、『19歳で初めてのマンションを購入した方法』といった具合に。それに、資格のない人たちが、自身のビジネス基盤を築くため、そしてもちろん収益化を目的に、金融アドバイスを垂れ流しているケースも少なくありません」
「でも、私は何年も研究や執筆をしてきていますし、一般の人よりも金融リテラシーが高いほうなので、そう感じるのかもしれません。金融知識があまりない人や、自分の財務状況をしっかり把握していない人たちにとっては、そうしたコンテンツが実際にとても役立つものなのでしょう」