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  • Volume 35

アーチェン・チャン
Erchen CHANG

無限に広がる 素晴らしきバオの世界。 Words by Apoorva Sripathi. Photography by Pelle Crépin.

アーチェン・チャンが見つけたバオ(蒸しパンの1種)の活用法に、あなたは驚くかもしれない。シモーネ・ロシャの2019年のクリスマスディナーで、彼女はバオでこんがりと焼かれたターキーの形を作り、中にじっくりと油で揚げたミンスパイを詰めた。同じ年に開催されたHato Press社のホラー映画がテーマのディナーでは、バオで大型魚であるオヒョウを形作り、それを“切り身にする”というパフォーマンスを行った。「ゲストの皆さんに翌日召し上がっていただくために、一切れずつお土産にしたのです」とBao Londonのクリエイティブ・ディレクターを務めるチャンは、ロンドンの自宅で思い出を語る。「そうやって皆をちょっぴり混乱させるのです。でも、やりすぎないように。温かい気持ちで。他の人の世界に入り込むような感覚に、私はワクワクするのです」

チャンのような創造性を、バオの生地を使って発揮できるシェフやアーティストは、ほとんどいないだろう。何しろバオは、安定した素材ではない。他のパン生地と同様、バオを作るには、生地を丁寧にこね、発酵させ、成形し、そして言うまでもないが、蒸さなければならない。「バオは扱いがとても難しい素材のひとつです。蒸すと形が代わるので、変化を予測する必要があります」とチャンは言う。スルやテクニックが必須だが、忍耐力も同じぐらい求められる。チャン曰く「生地を理解する経験」が必要なのだ。

チャンの才能は、彼女が飲食の世界に入るまでに、人とは異なる道を歩んできた結果だろう。チャンが夫のシン・タット・チュンと彼のきょうだいであるワイ・ティン・チュンとともに2013年に立ち上げた、ロンドンで熱狂的な人気を博すレストラングループBao。そのクリエイティブ・ディレクターに就く前、彼女はアーティストとして、木材や粘土、青銅、布、セラミックスを使った創作に取り組んでいた。夫とはロンドンのスレード美術学校で出会った。彫刻とメディアを専攻し、パフォーマンスアートやインスタレーションを研究していたチャン。1 彼女が最後に手がけたインスタレーション《Rules to be a Lonely Man(原題)》(孤独な男になるためのルール)は、後のBaoのコアコンセプトとなる。体形に合わないスーツを着た、働き過ぎの都市生活者、という日本のポップカルチャーに登場する典型的なサラリーマン像から着想を得た作品だ。そして、そのイメージを発展させた結果、背中を丸めてバオを貪り食う、孤独な男を描いたレストランのロゴが誕生した「孤独な男は、太った男に変化していき、しばらくするとバオを手にしていました。このキャラクターが、その後Baoの世界観を創造する原点となったのです」とチャンは話す。シェフになるための専門教育を受けたわけではないが、アーティストとしての経験、さらにチャンが受け継ぐ台湾の文化が、料理とレストランに対する彼女の美意識に表れている。

孤独な男が食事をするかもしれないレストランのひとつひとつを描写することが、チャンにとって、ロンドンを中心にスタートする新たな冒険をイメージする鍵となった。2015年にBao Sohoをオープン。続いて2016年にBao Fitzrovia、2017年に喫茶店Xu、2019年にはグループ初のカラオケルームを備えたBao Boroughを開店。さらに、2020年にはロナ禍の真っただ中にCafe Baoをオープンし、今年に入ってからは、ショーディッチ地区にBao Noodle Shopを立ち上げた。チャン、シン、そしてワイ・ティンの3人が、彼らの看板メニューである煮込んだ豚肉をはさんだオを、イーストロンドンの駐車場の屋台で販売し始めた8年前と比べると大きな前進だ。

今日、Baoはレストランという枠を超えた完全なユニバース(世界)を実現しており、チャンはそれを“バオバース”と好んで表現する。Baoでの食事体験や、おひとり様用の座席からウィスキーの棚に至る空間とその細部には、あの孤独な男の世界観が今も変わらず反映されている。チャンの創造性は、アニメ『ちびまる子ちゃん』や、映画監督の鈴木清順やキ・カウリスマキの作品など、映画やテレビからの影響もあるという。「細かな部分まで作り込む、彼らの審美眼と世界観が素晴らしいです」と彼女は話す。

(1) チャンの夫、シン・タット・チュンも芸術を専門的に学んだアーティストで、“バオバース”や夫婦の自宅
にも彼の作品がある。ダイニングテーブルの上には、3つの丸々とした腹を描いた油絵が飾られている。過去の作品には、「月の周期や数秘術などに従って本物のお金を株式市場で投資するロボット」などがある。

チャンが創り上げるBaoの世界は、台湾化へのオマージュだ。「Noodle Shopの内装には白いタイルを使い、キッチンは金属製ですので、表面はすべて拭き掃除が可能です。Sohoでは木材を全面的に用い、床はテラゾーにしました。台湾に行ったことがある人なら、こうした要素に気づくでしょう。一方で、Baoの雰囲気は台湾とはまったく違う、とも思うかもしれません」と彼女は言う。

チャンは、文化が広がっていくなかで生じる、その微妙な差異にずっと興味を抱いてきた。「台湾でも、ハムとチーズのサンドイッを買うことはできます。でも、甘いマヨネーズや、ホイップされた甘いバターが使われているかもしれません。台湾の人々にとっては、それが“西洋式”の食べ物なのですが、欧米の方はそうは思わないでしょう。私の考えですか? 私たちは台湾文化の一部を、ロンドンで伝えていきたいと思っています。でも一方で、私たちは長年ロンドンで暮らしてきました。ですので、単に台湾の食べ物を再現するのではなく、Baoという世界を創造しているのです」とチャンは説明する。

チャンがバオについて語るとき、彼女の表情は一段と輝く。「バオは今の私の人生において、とても大切な自己表現の手段です。表現式としてとてもおもしろく、大きなポテンシャルを秘めています。でも長期保存はできません。どうしたらバオの可能性をもっと探ることができるでしょう?」

チャンが Kinfolk のために制作したオブジェは、彼女の仕事の“イマジネーション・ハブ”から生まれた。「私たちはいろいろと楽しみながら、表現手段としてのバオの形状やその限界、制約を探究しているのです」とチャン。写真の作品には、マックス・エルンストやバーバラ・ヘップワースといった芸術家たちの影響があるという。「彼らはモダニストやシュルレアリストで、今回私がしたように、自分の彫刻作品と写真を撮っていました。作品とアーティストの関係性がとても興味深いです。彫刻には作り手の生き様が強く反映されますので。今回バオで作った一連の作品にも、私の人生が表れています」

バオで作られたこれらのオブジェには、チャンが情熱を注ぎ、築いてきた世界観が投影され、さらに彼女が憧れる芸術家たちの作品との共通点も見出せる。シンとワイ・ティンとともにBaoをスタートしたころ、ロンンでグァバオ(豚の角煮をはさんだバオ)についてよく知る人はいなかったと話すチャン。「バオについて話題にしたり、食材として使ってみたりする人はいませんでした」と言う。今ではイギリス各地のスーパーマーケットで、さまざまな種類のバオが売られているほか、台湾料理の専門店以外のメニューにも登場する。

何かまったく新しいことを始めてみたいと思うことは? という問いかけに、考えることはあるが、今はバオという表現手段があり、そのバオを中心に、愛情を込めて世界を創造することに幸せを感じると話すチャン。「何やるにしても、まずはそこに愛がなくてはなりません」

バオで作られたティーカップは、メレット・オッペンハイムが1936年に発表した非現実的な作品、毛皮で覆われたティーセット《毛皮の朝食》を思い出させる。

バオで作られたティーカップは、メレット・オッペンハイムが1936年に発表した非現実的な作品、毛皮で覆われたティーセット《毛皮の朝食》を思い出させる。

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こちらの記事は Kinfolk Volume 35 に掲載されています

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