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FINDING ALBION

アルビオンを探して

  • Arts & Culture
  • Volume 53

作家・放送作家・DJのザキア・スーエルは、ブリテン諸島の歴史と民間伝承を探る「クエスト」を続けている。
Words by Tom Faber . Photos by Alixe Lay.

10年前、23歳だったザキア・スーエルは、人生を変えるよ うな出会いを経験した。西ロンドンにあるレコードショップHonest Jonʼsで働いていた頃だった。ある日、行きつけのマレーシア料理屋で昼食をとっていると、隣のテーブルのグループが精神性について話しているのを耳にした。「当時は人生のかなり苦しい時期でした。セラピーを始める前のことで、途方に暮れていて、気持ちが沈んでいました。すると、とても興味深い会話が隣から聞こえてきて、『この人たちについてもっと知りたい』と思いました」。そのグループは、イスラム教の神秘主義の一派であるスーフィー教徒だった。そのうちのひとりの男性が、人生における核心的なスピリチュアルな探求についてスーエルに語り始めた。「直感、共感、論理といった、私たちに与えられた自然なツールを使って、自分自身や周囲の世界についてより深く知ること」と。スーエルはその言葉に不思議なほど心を突き動かされ、店を出ると、目には涙が浮かんでいたという。

その男性の言葉は心にずっと残った。この出来事がきっかけとなり、セラピーに通い始め、自らの宗教的信念を問い直し、そして新たなキャリアを踏み出したのだとスーエルは語っている。3カ月後、オルタナティブ系ラジオ局NTSで自身の番組を始めたときには、このライフワークを「クエスト(探求)」と呼ぶことを決めていた。

それからちょうど10年後。曇り空の午後、スーエルはオレンジ色のセーターを着て、ロンドン南部の居心地の良いカフェに座り、ブルーベリーのマフィンをつまんでいる。今でも、人生の大きな転機となったスピリチュアルとの出会いの瞬間を、深い感慨を込めて振り返りながら、その出来事がどのようにしてメディアの世界へと続く、長く曲がりくねった道の始まりになったのかを語り始める。オーディオドキュメンタリーを制作し、BBCでラジオ番組を担当し、現在では初の著書『Finding Albion』(アルビオンとはイギリスの古称で、神話的・詩的に用いられる呼称)の出版に至った。同書は家族と母国の歴史をたどる探求であり、分断された英国を癒すための新たな物語を見つけようとする試みでもある。

スーエルは非常に優れたラジオパーソナリティだが、実際に彼女と話してみるとその理由がよくわかる。落ち着いた優しい声を持ち、話し方は驚くほど明晰だ。情熱を注いでいる話題になると目を輝かせ、金糸を編み込んだロングブレイドを肩の後ろへと払う。その語りは、たとえ自身の著書のテーマである「英国の民俗文化」のように、古風で男性中心的な題材であっても、思わず引き込まれてしまう力を持っている。「英国の民俗文化とは?」とイギリスで道行く人に問いかければ、たいていは少し風変わりな土着文化の数々を思い浮かべるだろう。まったくクールとは言いがたいものばかりだ。靴下にサンダル姿の男たちが村の芝生広場で静かに跳ねるように踊る光景や、アコースティックギターで奏でられる何世紀も前のバラッド、あるいは古代の石の遺跡の前で、神秘的な線を探しているドルイドたち。しかしスーエルは、子どもの頃から民俗文化を愛し、その世界に浸りながら育った。フォークバンドで演奏していた父に連れられてジャズフォークの先駆者ペンタングルのコンサートを観に行った経験や、ウェールズの町ラファーンで祖父母のもとで過ごした時間を通して、「廃墟となった城を探検し、魔法使いのささやきに耳を澄ませ、風景に宿る魔法や神秘性を吸収していた」そうだ。

カリブ海の島カリアク出身の母を持つスーエルは、フォークミュージックシーンのなかで自分以外に非白人の人々をあまり見かけなかったと話す。音楽自体は愛していたものの、英国の民俗文化に自分が属するのかと疑問に思うこともあった。霧深いウェールズで過ごす以外の時間は、スーエルの日常はロンドン西部ハウンズロー、ヒースロー空港の飛行経路の真下に広がる都市の風景のなかにあった。家ではフォークミュージックを聴いていたが、友人たちと一緒に聴いていたのはR&Bやグライムだった。当時はうまく言葉にできなかったが、彼女のアイデンティティには相反する二極性があり、それぞれが異なる方向へと引っ張られていた。

英国の歴史について理解を深めるにつれ、その違和感はますます強くなっていった。「私の祖先はカリブ海で奴隷にされていた可能性が高いのに、現代のイギリスで暮らしている私は、植民地支配による搾取のうえに築かれたものの恩恵を受けている。オックスフォード大学にも行ったし、学校には無料の給食があった。この事実と折り合いをつけることができるのだろうか?」

スーエルは、「英国らしさ」という概念をめぐって葛藤しているのは自分だけではないことを知る。政治の状況がますます分極化するなかで、左右両極における小政党への支持が高まり、長く続いてきた二大政党制そのものが揺らぎつつある。その結果、イギリス人として生きるとはどういうことか、という問いは、以前にも増して難しいものになっている。こうした議論のなかで、歴史そのものもまた書き換えられ、時に政治的な武器として利用されている。左派では、緑の党などが中心となって、帝国主義の過去と向き合い、その負の遺産に刻まれた人種差別や構造的不平等を直視すべきだという声が上がっている。一方右派では、リフォームUKのようなポピュリスト政党による反移民的な言説が、英国があたかもつねに白人の国であったかのような、事実とは異なる歴史像を描き直している。この対立は昨年の夏、いっそう激しさを増した。イングランドの旗であるセント・ジョージ・クロスを掲げることを呼びかける草の根運動「オペレーション・ レイズ・ザ・カラーズ」をめぐり、激しい議論が巻き起こったのである。旗を掲げる行為は、誇りの表明なのか、それとも偏見の表れなのかが問われた。一部は無害な愛国心と捉えたが、他方では極右的な排外主義の不穏な可視化だと見なされた。

「フォークは、英国をより公正な場所にしようと戦ってきた、歴史上のこうした瞬間やラディカルな人々とのつながりを私たちに与えてくれるのです」

スーエルは、英国の民俗文化が癒やしとなり、前へ進むための手が かりにもなりうると考えている。BBCの4部構成ラジオシリーズ『My Albion』において、フォークシーンのなかで、複数のルーツを持つ当 事者として抱いてきた複雑な感情を初めて掘り下げたのち、視点を さらに広げている。著書でスーエルは次のように問いかける。「民俗 の遺産を見つめることによって、より進歩的で包摂的な国家アイデ ンティティのビジョンを描き出すことはできないだろうか?」

『Finding Albion』は、スーエルが1年を通して英国各地を旅しなが ら、季節の移ろいを祝うネオ・ペイガン(現代異教主義)の行事を訪ね ていく過程を記している。たとえばストーンヘンジでの春分、古都 ヨークでのハロウィーンにあたる万聖節前夜などだ。スーエルは民 俗(フォーク)という概念を広く捉えており、「支配層によって作られたものではない物語や文化」と定義している。そのため、カリブ文化を祝う大規模な祭典であり、ロンドンの夏の重要な年中行事ノッティングヒル・カーニバルもその範疇に含まれる。

スーエルは、自分自身と同じように、伝統的な「英国らしさ」の象徴にかならずしも共感できない読者を受け入れたいと考えている。 「ユニオンジャックや王室、赤い電話ボックス、警官帽といったものを思い浮かべて、ああ神様、それが私と何の関係があるというの?と思う人もいるでしょう。でも、この国に住みながら英国らしさとは関わりたくないと言うことは、最終的には自分自身の一部を拒んでいることにもなるのです。主流の国家物語とは異なる語りを見つけ、そのなかに自分自身が映し出されるとき、私たちは失われていた自分の一部を取り戻し、より統合された存在になっていくことができるのです」

楽曲が研究のきっかけになることはしばしばある。1908年に商業的に録音された、最初期のフォークソングのひとつとされる “Rufford Park Poachers”もその一例だ。「ひび割れたようなノイズが入っている、とても古くてすばらしい録音で、まるで幽霊のように老人の声がこちらに向かって歌いかけてくるのです」とスーエルは説明する。「そして何度も繰り返し聴いていると、その歌の背後にあるものが見えてきます。糸をたぐるように聴いていくと、その歌の下層に横たわるラディカルな歴史が浮かび上がってくるのです」

歌詞は、1850年代における密猟者と猟区監視官との衝突を描いている。この時代、労働者階級がキジや野ウサギといった動物を狩ることは、密猟法によって禁じられており、飢餓や投獄、さらには追放といった処罰を受けることもあった。一見すると美しい古いフォークソングのように聞こえるが、実際には社会的不正義に対する激しい抵抗の歌である。スーエルはこの事例を、英国史におけるほかの反体制的抵抗と結びつけている。たとえば、19世紀初頭に機械を破壊して工場主に抗議したラッダイト運動や、1817年に政府転覆を試みて処刑されたペントリッチ蜂起の指導者たちなどである。「フォーク は、英国をより公正な場所にしようと戦ってきた、歴史上のこうした瞬間やラディカルな人々とのつながりを私たちに与えてくれるのです。そして歴史こそが、それらのメッセージを解きほぐし、読み解き、明らかにするための道具なのです」

カフェの窓の外を眺めながら、スーエルは一瞬、考えを巡らせているかのような表情を浮かべた。そしてこちらに向き直り、こう続けた。「有色人種の人は、イギリスの歴史は自分たちの歴史ではないと感じる人もいるかもしれません。でもそれは、イギリス人の歴史を別のかたちで捉え直すもうひとつのビジョンなのです。それは、イギリス人がすべて植民地支配や奴隷制に加担していたわけではなく、不正義に抗い命を落とした人々もいたことを示しています。そうした側面を、この国らしい多様な歴史の流れのひとつとして見ることができるはずですし、それをこの土地に属するという感覚のなかに取り込んでいくこともできるのです」

スーエルのクエストは当初、英国の植民地的遺産に汚される以前の前近代的な時代に「ラディカルな理想郷」を見いだそうとする希望から始まった。しかしやがてそのような場所は存在しないということに気づくことになる。どんな民族文化的な歴史を深く掘り下げても、問題を抱えた人物はかならず見つかるのだ。たとえば、“Rufford Park Poachers”を録音したパーシー・グレインジャーは、激しい反ユダヤ主義者であった。また別の例として、15世紀にさかのぼる英国の民俗であり、しばしば嘲笑の対象ともなるモリスダンスがある。 これは、色とりどりのハンカチを振りながら、四角い隊形のなかを舞う踊りである。初めてそれを目にしたとき、「風変わりで、楽しく、陽気で、どこか滑稽で、希望と可能性に満ちている」と感じたという。しかし調査を進めるうちに、モリスダンスには黒塗り(ブラックフェイス)をして踊るダンサーがいるという長い歴史があり、現在でもそれを続けている人々がいることを知る。

「英国について本当に多くのことを学びました。暗さと魔法が交わる場所に生まれる、あの興味深い緊張関係にも強く惹かれています」

「フォーク文化は自分には向いていないのかもしれない、と思った決定的な瞬間でした」。しかし彼女は研究を通して厄介で扱いの難しい歴史に繰り返し向き合うことを選び、それを避けようとはしない。人種差別や反ユダヤ主義を正当化することはないが、それらを歴史の根幹をなす要素として受け止めて、考えようとする。「もし私たちが、自分たちの国がどのような存在なのかを語る物語を探しているのだとすれば、モリスダンスの複雑で矛盾に満ちた歴史は、私たち自身についてのひとつの真実を示しているのです。ブラックフェイスもその歴史の一部であり、切り離すことはできません。英国について本当に多くのことを学びました。暗さと魔法が交わる場所に生まれる、あの興味深い緊張関係にも強く惹かれています。そのふたつが出会う場所が英国文化でもっとも興味深い部分だと思うのです」

スーエルの著書が刊行されたのは、占星術やクリスタル、ホリスティック医療といった、秘教的・代替的な知の形態への関心が高まっていた時期だった。こうした潮流は、科学や合理主義が約束した豊かで幸福な社会が実現されていないことの表れだと彼女は感じている。また、啓蒙思想以降、科学的実証主義が支配的な価値観となってきた一方で、その世界観は人々の精神的充足を十分に支えられていないとも考えている。「世界は崩壊しつつあります。この過度に合理的で物質主義的な文化が生み出したおぞましいクレッシェンドのような状態に達してしまい、人々は幸福ではありません。あまりにも 『脱魔術化』された時代に生きているため、魔法や神秘への強い憧れが生まれているのです」

研究はまた、歴史が個人および国家のアイデンティティの形成に果たす役割にも光を当てることになった。スーエルは、英国の過去と現在をたどる自身の旅によって力を得たと感じている。「今では、この国のことを以前よりもずっとよく理解していると感じます。英国における植民地主義や奴隷制、労働者階級の闘争について学んだことで、ここに自分の居場所がないと言う人に対しても、きちんと反論できるだけの知識と理解を得ました。そこには搾取という深く暗い歴史があり、英国はその上に築かれた『死体の山』のようなものなのです。そして、その歴史を丁寧に掘り起こし、向き合い、私たちの物語のなかに統合していくための作業が、まだ多く残されています」

つらい作業に見えるかもしれないが、問題を抱えた歴史の現実に向き合うことは、未来にとっての希望の行為ともなりうる。スーエルは著書のなかで、ナイジェリア系イギリス人作家ベン・オクリの言葉を引用している。「国家や人々とは、主として自らに語り聞かせる物語そのものである。個人や国家が生きる物語、自らに語る物語を変えることができれば、個人も国家も変えることができる。(中略)もし人々が、自らの真実に向き合う物語を語るならば、その歴史は未来に向けた開花のために解き放たれるだろう」

フォーク文化と新しい著書について数時間語り合ったのち、スーエルは残りのコーヒーを飲み干した。「私にとって直近のクエストは本を完成させることでした。それが終わった今は、またゼロの地点に戻っています。新しい風景が開けつつあり、新しいクエストが始まりかけているのですが、その終着点に何があるのか、まだわかりません」

物事の輪郭がはっきりする前に、次の一歩を予測しようとしない方がよいことを、彼女はよくわかっている。いつもそういう人生を歩んできた。「壮大な人生プランなんて一度もありませんでした。本を書いたり、ラジオのホストをしたりするとは思っていませんでした。そうしたことはすべて、自分の情熱に従い、目の前に現れた機会をつかんできた結果として、自然に起こってきたことなのです」

セラピーの積み重ねなのか、それとも単なる人生経験なのか。スーエルは、民間伝承に登場する中世の騎士たちが多くの場合理解しきれなかったことを、すでに学んでいた。「自分の『クエスト』をコントロールすることはできないと受け入れなければならないのです」。そう言うと、ふわりとした青いダウンジャケットを羽織った。 「道に出て、荷物を担ぎ、地図を持ってはいるけれど、橋のたもとでどの老賢者に出会うのかも、道が突然草に覆われてしまうタイミングもコントロールすることはできません。自分にできることはやるだけですが、まったく制御できない要素もあるのです。そして、そのなかにこそ魔法が生まれることもあるのです」

「新しい風景が開けつつあり、 新しいクエストが始まりかけているのですが、その終着点に何があるのか、まだわかりません」

200年以上の歴史を持つジョンカヌーは、バハマの奴隷化されたアフリカ人たちによって、文化を祝福し踊り、表現する機会として始まったものである。現在では、ボクシングデー(12月26日)と元旦の早朝に行われている。

200年以上の歴史を持つジョンカヌーは、バハマの奴隷化されたアフリカ人たちによって、文化を祝福し踊り、表現する機会として始まったものである。現在では、ボクシングデー(12月26日)と元旦の早朝に行われている。

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こちらの記事は Kinfolk Volume 53 に掲載されています

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