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  • Arts & Culture
  • Volume 29

バードウォッチング:ジェイソン・ウォード

苦境に陥っていても、ひどい渋滞に巻き込まれていても、
鳥を観察するだけでジェイソン・ウォードの気分は上昇した。
彼のガイドのもと、
アマンダ・アヴテュがバードウォッチングを体験。
Words by Amanda Avutu. Photography by Corey Woosley.

ブロンクスで育ったジェイソン・ウォードは観察力が鋭い子どもだった。彼は街を行き交う人たちに興味津々だった。好奇心が強いだけではなく、周りをよく観察するように父親から教えられていたのだ。「父はいつも1ブロック先と1ブロック後ろで何が起きているのか把握しておくように、周囲の状況に敏感でいるように、と言っていました」とウォードは私に話してくれた。私たちは今、アトランタのピードモント公園内にあるクララ・ミアー湖の畔に立っている。ここは彼が初めて正式に野鳥観察を始めた場所だ。33歳のウォードは、野鳥保護団体である全米オーデュボン協会の実習生を経て、現在はYouTubeの番組『Birds of North America』(北米の野鳥)1の司会者を務めている。ウォードはもともと住宅ローン会社で働いていた。2013年に昇進し、時間とお金の余裕ができると何か新しいことに取り組むことに決めた。大の動物好きだった彼は、アトランタにある動物関係の団体をインターネットで検索した。そして発見したのがオーデュボン協会のアトランタ支部だった。安物の双眼鏡を携えて探鳥の会に参加すると、たちまち野鳥のとりこになってしまった。そしてインターネット、書籍、ビデオ、アプリを使って野鳥観察に関する知識を収集し、貪欲に吸収した。8カ月も経たないうちに彼は探鳥の会のガイドになり、今でも毎月第一土曜日にグループを率いている。

公園ではジョギングをする人たちが私たちの横を走りすぎ、フランス人の観光客がグループ写真の撮影をしており、子連れの女性が子どもにおやつを与えている。そんななかでウォードは「コマドリのさえずりが聞こえますね」と言う。すると突然私にもその鳴き声が聞こえてきた。「ハシボソキツツキが大声を出していますね。あの高い声です。耳に突き刺さるような」と足を止めながら言う。観光客は笑いながら写真を撮り続ける。子連れの女性が「犬よ! わんちゃんがいるよ!」と子どもに話している。自然と都市、カオスと静寂が共存している。望遠鏡をセッティングし双眼鏡を取り出すと、ウォードは耳を開き集中した。

「ほら、あそこ!」と湖の反対側を指差した。「あれがハシボソキツツキです。キツツキはああやって上下に揺れながら飛びます。尾の下の部分が黄色いのがわかりますか?」ウォードの説明を聞いていると、日常の雑音を消す特別な周波数へチューニングしているような感覚になる。「クロムクドリモドキだ」と自信たっぷりに言う。「クロムクドリモドキはサビついた門のようにギーギー鳴きます」。雑音を遮断できるようになった私の耳にもその声が届く。確かにサビた門のような声だ。

鳥が自分を“連れ出してくれる”と初めてウォードが気づいたのは、ブロンクスのホームレスシェルターに家族と入居していた15歳のときだった。ある日、窓辺に羽が浮いているのに気づき近寄ってみると、劇的な光景が目に飛び込んできた。ハヤブサがハトを食べていたのだ。その瞬間、捕食者と獲物が繰り広げる自然界に夢中になった。鳥がウォードをホームレスシェルターから、街から、現実から連れ出してくれたのだ。それから15年経った今でもハヤブサは彼にとって特別な存在だ。ウォードは双眼鏡を目に当て、ハヤブサがよく目撃される高層ビルが立ち並ぶ公園の端を見上げた。「逆境に強い鳥なんです。50年ほど前は絶滅寸前だったのに、今は本来生息できないような環境で生き延びているんですから」と説明してくれた。2ハヤブサがいかに猛スピードで飛べること、そして飛行中に爪を伸ばして通り過ぎるハトを攻撃できることも教えてくれた。「彼らは翼を使って、より良い環境を求めて飛んでいける。私もそうできたらいいなと思っていました」

NOTES

1. 『Birds of North America 』(北米の野鳥)の各エピソードは10分弱。フェミニスト・バード・クラブを含む、北米に存在する多彩な野鳥の会のメンバーとウォードは対談している。同じく野鳥観測を趣味に持つウォードの弟、ジェフリーも度々登場する。

2 . 1960年代、ミシシッピ川より西側にハヤブサは1羽も生息していなかった。そこで1970年にコーネル大学が東海岸にハヤブサを戻すプログラムを開始した。現在、ニューヨーク市の5つの区内に少なくとも17つがいのハヤブサが確認されており、この数は都市型の生息密度としては世界一である。

「私は生粋のニューヨーカーなので、どんどん前へ進みたくなります。

ペースダウンするように言い聞かせなければいけないのです」

バードウォッチングの素晴らしさは、私たちの空間や時間との触れ合いかたを変えることだとウォードは言う。「周囲の景色と音に注意しながら、普段よりもゆっくりしたペースで動かなければなりません」と説明する。しかし、ウォードはゆっくりと動くのが苦手だそうだ。「私は生粋のニューヨーカーなので、どんどん前へ進みたくなります。バードウォッチングしているときでさえも、つねに次の鳥を見たいと思ってしまいます。双眼鏡を首にかけながら、いつものスピードで歩いている自分に気づきます。そしてペースダウンするように言い聞かせなければいけないのです」

「天気が良くて私の気分も良いときはこの公園に来て、目標を立てます。よし、今日は50種類を観察しよう、という風に。これはそんなに難しいことではありません。自然とひとつとなり、自然の一部として存在しよう、と思うのです」。しかしウォードの心が塞ぎ込んでいるときは、観察するというよりも、鳥の世界に“浸る”ためだけに公園に来る。「そういう日は、長い時間ここで過ごします。ただ環境に身を置いて自分を客観的に観察するのです。嫌なことを忘れて落ち着けるんです」

飛ぶ鳥を観察することは人々にやすらぎを与える。しかし、鳥はリラックスしながら飛んではいないのだとウォードは指摘する。「鳥はストレスを抱えながら飛んでいます。近くにタカがいないか? 天敵はいないか? という感じで彼らはつねに警戒しているのです」

救急車のサイレン音が鳴り響く。するとカナダガンが羽ばたく音、マガモが湖に飛び込む音、クロムクドリモドキの鳴き声がかき消された。サイレンが聞こえなくなると、ウォードは双眼鏡を顔に当てた。「アカオジロタカがいます。まだ若い。茶色の縞模様の尾で、まだ赤くなっていません。きっと去年生まれたのでしょう」。木の枝の向こう側で旋回する姿を確認すると、その行動の意味を私に説明してくれた。「タカがらせん状に飛んでいるのは、あそこに上昇気流があるからです。暖かい空気が上昇する気流に乗って、旋回しながら高度をあげていくのです」。双眼鏡を下ろすと、その目には最初の年を無事に生き抜いたタカへの深い尊敬の念が見えた。

「この公園の一番のお気に入りのエリアに生きましょう。湿原です」。子どもの頃はクラット・ブラザーズやクロコダイル・ハンターのようなテレビの自然科学番組の司会者から影響を受けたものの、本当に憧れていたのは自分と同じ黒人の博物学者だった、と歩きながら話してくれた。「子どもは自分が共感できるものに惹かれます。『あの人と同じ人種だから、僕も同じことができる』ってね。でも自然科学番組に私のような黒人が出ていなかったら、私の場合は『私にもチャンスがあるのかな? 私がやってもいいのかな?』と現状を変えたいと思うタイプなのです」

自転車と衝突しそうなランナーたちの間を通り過ぎ、さらさらと流れる小川を越えると、静かな湿原にたどり着いた。「ここはこの公園の中でも座ってゆっくりとできる場所なんです」とウォードは言う。そして、たとえ目を閉じていても湿地帯にいることがわかると話す。それはクロムクドリモドキ、ミソサザイ、キタミズツグミ、フクロウ、タカアカノスリが教えてくれるからだそうだ。「目視する前に音だけで鳥を識別できなければいけません。鳥の鳴き声はふたつの意味があります。ひとつが『なわばりに入るな』、そしてもうひとつは『パートナーを探しています』という求愛のメッセージです」

湿原からもといた場所に戻る前に、私たちは少しの間だけ耳を澄ませながら立ち止まった。自然界と都市の“境界線”として存在する歩道に着くと、ウォードは高い木のてっぺんを指差した。「あそこにタカの巣がありますよ」。頭上をこのような巨大な鳥が旋回しているとは、地上を闊歩する大勢の人は気づいていない。「できることなら望遠鏡をここに置いてあの巣の観察をしたいです。そして通りすがりの人たちにも望遠鏡を覗いてもらいたいです」

立ち止まり、深呼吸し、耳を澄ませて自分の周りにある自然界をより意識する。人々がこうなることをウォードは望んでいる。「ある日、ひどい渋滞に巻き込まれてしまったんです。そしたら車の中から5~6羽のツバメが飛んでいるのが見えました。美しいツバメが車両と車両の間で虫を捕まえようとアクロバティックな飛び方をしていたのです。これを見た瞬間に、まったく進まない渋滞も『そう悪くないな』と思えたんです。ツバメのショーを楽しめばいいのですから。でも『一体何人の人がツバメに気づいているだろう? このショーを楽しいと思っているだろう?』と思いました。車から降りて演壇に上がり、マイクを握ってこのツバメの話を伝えている自分の姿を想像しました」。ウォードは他の渋滞車両に向けてその熱い想いを伝えることはできなかったが、自身のYouTube のチャンネルではピードモント公園のガイドウォークや全国各地で行った講演の内容を毎日発信している。彼の話には特別な力がある。その力とは? 今私たちが抱えているイライラをすっかり忘れさせてくれ、今いる場所と現実から遠くへ連れ出してくれるのだ。

1822年以来、アトランタのピードモント公園は何度も姿を変えている。最初は森だったが、農園、見本市会場、公園を経て、最終的には現在の都市公園として整備された。年間を通じて160種以上の鳥類が生息している。

1822年以来、アトランタのピードモント公園は何度も姿を変えている。最初は森だったが、農園、見本市会場、公園を経て、最終的には現在の都市公園として整備された。年間を通じて160種以上の鳥類が生息している。

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こちらの記事は Kinfolk Volume 29 に掲載されています

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