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建築家ロベルト・バチョッキの家に対する考え方は気さくなものだ。彼の家は中世の趣を残すアレッツォの中心部の一角にある。バチョッキの生まれ故 郷であるトスカーナ州のアレッツォは、保存された歴史深い頑丈な城壁に囲まれ、外からは内部がどうなっているのか、まったくわからない。

71 歳のバチョッキは、簡素でモダン、モノクロのインテリアを手がけること で名声を得ている。世界中の Prada 店舗に置かれたバチョッキデザインのインテリアがその例だ 。しかし彼が妻のロゼラと30年間暮らしている家は決 し て ミ ニマムとは言えない。その空間使いやレイアウトは個性的で、築700 年のヴィ ラはまるで迷路のよう。セントラルタワーに上がる石階段があると思えば、無 数の部屋やロビーへと下りていく隠された踊り場もある。

すべての部屋には何世紀も前の家具が置かれている。それにもかかわらず、 この家にはそれら家具の奇抜な持ち主の性格は反映されてはいない。バチョッキ はそんなへまはしない。オブジェクトや備品は入念に選ばれたもので、バチョッ キには家とは見世物ではなく、非常にパーソナルな冒険だという信念がある。

「この家を買おうと思ったのは、家が私に何かを語りかけてきたからです」と 半円のミッドセンチュリーカウチソファに座ってバチョッキは語る。そのカウ チソファには見事なシルバーグレイのアンティークベルベットのカバーが掛 けられている。「これがすべて白く塗られていたらどうだったか、想像してごら んなさい」と、完璧に比率が考えられたエントランスの、柔らかな土の風合いのフレスコ天井を見上げながらバチョッキは言う。「こちらやあちらの壁を取り 壊したところを想像してごらんなさい。そのあたりの建築家なら、モダンさと古さの対比が素晴らしいと言うでしょう」と残念そうに(嘲笑って、と言うべき かもしれないが)バチョッキは言い、こう続けた。「でも、そんなことをするくらいなら他の家を買ったほうがマシですよ」

意外性に欠けること、そして独創性のなさ、このふたつはバチョッキが何と してでも避けたいものだ。たとえばエントランスルームでは細部と仕上げの高 い技術に特に目を引かれる。壁に作りつけのワードローブがあり、その扉には 同じ“アレティーノ(アレッツォ出身)”であるジュゼッペ・フリシャの暗く抽象 的な油絵が飾られている。扉をそっと開けると内側は柔らかなミントグリー ン。やはりベルベットが使用されている。「私がベルベットを使うのは光によって色彩が強まるからで、理由もなく使っているわけではないのです」とバチョッ キは説明する。バチョッキは鏡も好んで使用する。エントランスルームに隣接するバスルーム ( 天井も含む ) には彼が 1970 年代にベネチアオークションで手 に入れたアンティークミラーガラスが張り巡らされている。「私が最も忌み嫌うのは平凡さなのです」とバチョッキは大きくため息をついた。

それでは時には 90 センチの厚さになる古びた壁、そして作られてから5世紀も経つ小さなドアを通り抜けてこの家をより深く探ってみよう。外窓のない 部屋にはワードローブが取りつけられ、ロゼラの父の肖像画が飾られている。 家のドアを開けていくとバチョッキの、自分勝手な一面が少し見えてくる。ベッドメーキングされたシングルベッドがあり、テレビセットが壁に取りつけ られ、ベルベットのような花柄の壁紙が張られたプライベートな小部屋がその 例だ。「妻は冷房が苦手なのですが、私は好きなので、ここは夏の夜の私の居場所なのです」とバチョッキは言う。

寝室の続きになっているバスルームにはオリーブグリーンのバスタブとそれに合わせた洗面台とトイレがある(バチョッキがロンドンで手に入れた1950 年代のイタリア製のもの)。壁に取りつけられたブロンズガラスのシェービングミラーを軽く押してあけると、その裏側にはのぞき窓があり、家の屋根 やトスカーナの丘を見渡すことができる。

バチョッキが提供する情報は重み、歴史、そして曖昧さの間を揺れ動いてい る。彼が有名デザイナーの名前を知ったかぶりで出すことはまずない。おもし ろいことにジオ・ポンティ(脚が広がった典型的なドレッサーのデザイナー) やアンジェロ・マンジャロッティ(ずっしりとした大理石のテーブルのデザイナー) は別なのだが。バチョッキが有名人の名前を出さないのは謙虚だからではなく、単に有名デザイナーに興味がないからだ。「誰がデザインしたのか、そんなことはまったく気にしません。気に入ったから買う、それだけです」とバチョッキは宣言する。私たちがどう見てもアルネ・ヤコブセンデザインのものであろう椅子のそばに立っていると、人とは違う見解を持つバチョッキはスカンジナビア家具を好まないことを認めた。「なんというか、ありふれているんですよ」。

バチョッキはイタリア特有の文化を大事にしている。事実、彼の家にはイタ リア文化への執着が満ち溢れている。たとえば細長いホールのような部屋には 何百冊もの新品のような料理本のコレクションが置いてある。40年かけて集 められたものだが、イタリア半島と島々の料理を紹介するものがほとんどだ。 それらはさまざまな都市名が彫られたつるつるした銅版により、分類されてい る。たとえば、ピエモンテ、サルディーニャ、トスカーナ、そして“花の都”など。「私は物語や小説を読みません。18歳から読んでいないのです。他人が作ったファンタジーなど、興味がないのです。エッセイや歴史ものしか読みません」とバチョッキは明かす (もちろん、料理本は読むだろうが )。ただ、この家こそがバチョッキにとっては小説なのではないかと思う人もいるだろう。家自体に話がどんどん展開する章や、予期せぬことが起こる筋書きがあるようだから。「まさにその通り、そう言っていいでしょう」とバチョッキは頷く。

異なる情熱、あるいは熱烈な好奇心が各部屋、控室、玄関や応接間に表れて いる (いかなる空間も特別な名前を持たないのだとバチョッキは強調する)。バチョッキの職人魂への敬愛は顕著で、頼りになる地元の職人の電話番号を控えた電話帳を持っている。仕事机に広げられているのは試作品のカトラリーセットなど選りすぐりの作品だ。さくら材で作られた手彫りの持ち手は木の節をそのまま活かしたもので、ナイフの刃とフォーク部分は未加工で原始的。バチョッキはそのうちのひとつを取り上げ、その粗削りの美しさを堪能した。