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OTEGHA UWAGBA

オーテガ・ユーワグバ

  • Arts & Culture
  • Volume 51

相続した富によって、成功する者が決定づけられる世界において。
Words by Allyssia Alleyne. Photos by Joe Whitmore. Styling by Aartthie Mahakuperan.

35歳の誕生日の 1週間前、オーテガ・ユーワグバは住宅ローン仲介業者と電話をしていた。パンデミックの最中だった2020年に購入し た南ロンドンの2ベッドルームのマンション のローンを借り換える時期が迫っていたた め、戦略を練る必要があったのだ。

「住宅ローンを組んだときは金利が史上最 低水準だったんですが、今はそうじゃないの で、毎月の返済額が増えてしまったんです。 でも大丈夫、払えないわけではありません。 不満はありますけどね」とユーワグバは笑っ た。「20代の頃なら、予期せぬ80ポンド(約 100ドル)の出費があったら、その週を乗り越 えられなかったかもしれません。今では、経 済的な不測の事態にもかなり対処できるよ うになりました」

ユーワグバがこのマンションを購入する までの経緯は、2021年に出版した自身の回想 録『We Need to Talk About Money(原題)』 (お金について話さなければならない)の中 で、象徴的な最終章として描かれている。本 書では、自信のなかった公立校時代、奨学金 を得て入学した私立校での生活、そして希望 通りの職に就けないままオックスフォード 大学を卒業した経験が綴られている。さらに その後、男性中心的なメディア業界に潜む無 意識の性差別、悪夢のような同居生活、そし て20代を通して繰り返された経済的な不安 定さについても率直に語られる。個人的なエ ピソードの合間には、リベラルな罪悪感や “美しさの税金”、#GirlBoss現象、“正しい黒 人”とは何かといったテーマに対する鋭い考 察が差し挟まれている。

ユーワグバは一貫して、ナイジェリア移民 の慎ましい家庭環境で育ったことが、自身の お金に対する考え方に与えた影響を分析し ている。お金がない時は自分が落ちこぼれの ように感じ、お金がある時は病的なほど貯蓄 に励み、出費を恐れるようになったという。 「お金に対して複雑な思いがあり、感情的不安定になるのは私だけじゃないはずだと 思いました」と2017年にこの本の構想を思い ついた瞬間を回想しながら話す。「スマホに メモを取ったのを覚えています。『女性とお 金の感情的な葛藤について、私自身の物語を 通して綴る本。一部は回顧録、一部は文化批 評にする』と打ちました」

この本は英国『サンデー・タイムズ』紙のベ ストセラーとなり、また同時にソーシャルメ ディアや高級雑誌で演じてきた「都会で成功 したおしゃれな女性」というユーワグバの表 向きのイメージを覆した。2016 年にクリエ イティブ業界で働く女性を支援するコミュ ニティ「Women Who」を設立し(現在は解 散)、お金、キャリア、フェミニズムを主題と した記事や講演、ポッドキャストで名を馳せ ていた。

最初の著書『イギリス女性はこう働く』(2017年) でもっともページを割いたのは、資金管理と 給与交渉に関する内容だった。2020年に刊行された2冊目の著書『Whites: On Race and Other Falsehoods(原題)』(白人について 人 種とその他の虚偽)は、ジョージ・フロイド殺 害事件とそれに続く抗議活動や形ばかりの 支援活動の数カ月後に出版された。本書では 別の角度から人種問題にアプローチし、白人 社会を生き抜くために黒人に求められる精 神的労働を考察するとともに、真の人種的平 等を実現するには富・権力・機会の再分配が 不可欠であることを示唆している。

しかし『We Need to Talk About Money』を構想した頃の彼女は、順風満帆のような印象を与えていたものの、実際にはロンドン南部の実家で両親と同居し、ごくわずかな収入で暮らしていた。将来は不透明で、マイホーム購入は到底叶わぬ夢だった。

デビュー作の印税が入って初めて、その夢は現実味を帯びた。それでも、30歳になった直後にマンションを購入するまでには、ユーワグバが記すように「何年も節約し、計算し、計画し、心配する」必要があった。さらにコロナ禍における内見制限、不誠実な不動産業者、自営業者である単独購入者としての彼女の返済能力を疑う金融業者とのやり取りなどの苦労にも耐えねばならなかった。こうしてユーワグバは、英国で自宅を所有する少数派の黒人アフリカ系(白人世帯の68%に対し22%)およびミレニアル世代(39%)の一員となったのだ。

世代間資産移転や職場での性差別、緊縮財政政策など、私たちのお金との問題のある関係の根源について、ユーワグバは著書の中で繰り返し言及している。しかしそれでも、人々は彼女を米国の金融アドバイザー、スージー・オーマンのミレニアル世代版のように扱おうとする。GanniやLoeweなどのブランドをおしゃれに着こなしながら、大衆にアドバイスを振りまく存在としてだ。編集者やプロデューサーは今も、経済的成功や体制との戦いに対処するための手軽なアドバイスを彼女に求める。社会全体の仕組みや制度に根ざした問題に対する即効性のある解決策を期待しているのだ。だがユーワグバは、つねにそれを断っている。「彼らは私に簡単な解決策とハッピーエンドを望んでいるのです」

「万人向けの金銭アドバイスなどありえません。結婚しているのか、離婚しているのか。何歳なのか。賃貸か持ち家か。黒人か白人か。こういうことが関係します。私はそういったアドバイスをするつもりはありません」「金融本の多くは、『私の言うことを聞きなさい』という内容です。『私が犯した過ち、無知だった点、知っておきたかったこと、あるいは別のやり方をしたかったこと』などについて語っています」。彼女は、上司がチャンスを与えてくれないのは、その人が白人でも男性でもないからかもしれないと示唆する。また、リベラルな友人たちは、その人が新居を手に入れたのは「堅実な貯金をしたからではなく、親からの援助のおかげだ」という事実を、恥ずかしくて他人に言えないだけかもしれないとも指摘する。

「誰かの参考になったり、教育的な内容であればいいのですが、ハウツー本のように書くつもりはまったくありませんでした。個人の状況に助言することもできません。ですが、私が綴った問題に対する気づきを通して、読者が何かを変えられるかどうかを考え始めるきっかけになればと思っています」

『We Need to Talk About Money』の成功は、人々が金銭についてどのように、またどの程度まで他人と話すかという点に影響を与えたと言えるだろう。ユーワグバはこう語る。「文化的な会話は本当に変わりました。2016年や2017年当時は、人々はお金や自分の給料についてオープンに話すことはほとんどありませんでした。私自身も、友人たちと収入などお金に関する話をすることはほとんどなかったのです。今では、おそらく多くの人が、自由に話せるようになっています」

実際、デジタルメディア『Refinery29』で人気の連載「マネー・ダイアリーズ」では、働く女性たちが1週間の支出を記録している。この連載に触発されて、多くの人々が自らの消費習慣を公開するようになった。こうした動きはソーシャルメディア上でとくに顕著で、一般の人々が給与額や家賃、貯蓄額などを率直に投稿する様子が見られる。2024年には、TikTokにおける金融関連コンテンツの投稿数が前年に比べて373%増加したとの報告もある。さらに、最近の調査では、18~30歳の59%が「フィンフルエンサー(金融インフルエンサー)」をフォローしていることが明らかになった。かつてはプライベートな領域だった家計管理が、今では公の情報として共有され、ライフスタイルの一部として語られるようになった、とユーワグバは指摘する。「こうした情報の内容には疑問を感じることがあります。というのも、表面的な情報が多く、メディアが意図的に大げさな見出しをつけてクリックを稼ごうとしているのが透けて見えるからです。たとえば、『19歳で初めてのマンションを購入した方法』といった具合に。それに、資格のない人たちが、自身のビジネス基盤を築くため、そしてもちろん収益化を目的に、金融アドバイスを垂れ流しているケースも少なくありません」

「でも、私は何年も研究や執筆をしてきていますし、一般の人よりも金融リテラシーが高いほうなので、そう感じるのかもしれません。金融知識があまりない人や、自分の財務状況をしっかり把握していない人たちにとっては、そうしたコンテンツが実際にとても役立つものなのでしょう」

TALLERMARMOのドレス、TOMWOODのリング

本書の執筆を通じて、他者が金銭という複雑な問題にどう対処しているかについての理解が深まった。ユーワグバは衝撃的な会話を回想している。友人が、自分の親が彼女のマンションを現金で購入していたにもかかわらず、住宅ローンを組んでいると嘘をついていたことを告白したというのである。1さらに、周りには、ユーワグバ自身とは正反対のお金の使い方をしている人々も存在していると綴る。たとえば、裕福なのにケチな友人や、経済的に余裕がない生活を送っているのに全員分の飲み代をカードで支払ってくれる友人などだ。「なぜ人はお金に関してああいう行動を取るのだろう、と不思議に思っていました。何が原因でそうなるのか、と。みんなそれぞれの不安や問題を抱えているので、私はできるだけ偏見なく理解しようとしています」

本を出版すると、ユーワグバ自身にも多くの変化があった。今では、お金に過度に神経質になることはなく、旅行やディナーに行ったり、ブランド服を着たりすることを楽しむ自分を、罪悪感なく許せるようになっている。高額で大掛かりな自宅のリノベーションを経験し、これまで絶対に減らせないと思っていた貯金を切り崩すことにも慣れるようになったという。

「家を所有すると、これまでのようにお金に神経質になることはできません……。思いがけず大金が口座から出ていくことに、どうにか慣れなければならなかったんです」。ガス漏れや予期せぬ修理・メンテナンス費用が、住宅ローンの支払いに加えてどんどん積み重なっていったことを振り返りながら、ユーワグバはこうも付け加える。「そしてこれは、資金を持っているという自覚があること、その恵まれた立場にあることのありがたみを理解した上での話です」

「私とお金との関係はつねに変化し続けています。10年前と比べると、今のほうが確実に上手に付き合えていると思います。しかし、年を重ねるにつれて、新たな課題も新たな目標も生まれます。私が心がけているのは、いつも『もっと欲しい』という気持ちに流されないようにすることです」

現在、ユーワグバはお金という題材から距離を置いて活動している。かつて「お金はあらゆるものに影響を与えます。私にテーマを与えれば、かならず金銭の問題に結びつけてしまうでしょう」と冗談めかして語っていたが、今では多岐にわたる関心事を追求している。『サンデー・タイムズ』紙ではフラン・レボウィッツ、『ハーパーズ・バザー』誌ではナオミ・キャンベル、『タトラー』誌ではラシャナ・リンチなど、多数の有名人のインタビューを担当し、時代の風潮にもより深く関わっている。2023年からは、Substackで月刊ニュースレター「Add To Wishlist」を発行し、ファッションやホームグッズ、文化批評、個人的なエッセイなどを紹介。さらに9月からは、イタリア発の女性向け週刊誌『Grazia』のイギリス版のコラムニストとして、テレビ、映画、書籍、有名人の動向についてコメントを寄稿している。最近の執筆記事には、タイでの豪華なデジタルデトックス体験記や、「醜い服」が驚くほど流行している現象に関するレポートなどがある。「いつも同じ仕事やトピックだけを扱えば、大儲けできます。けれど、私は基本的にライターで、さまざまなテーマに興味があります」

とは言いながらも、ユーワグバが完全にお金を手放しているわけではない。現在、黒人コミュニティ内の階級、特権、倫理観をテーマにした小説を執筆中で、さらに、20代にロンドンの有害な広告代理店で働いた経験を基にした脚本も書いている。

『We Need to Talk About Money』の出版から5年が経った今も、新たな読者が彼女の著作に与えられた影響について語りかけてくるたびに、喜びを感じていると話す。「多くの人からメッセージをいただき、この本を読んで人生に実際に変化が起きたと話してくれました。仕事を辞めた人もいれば、上司や同僚と真っ向から対峙した人も、昇給を要求した人もいます。何かを学んでもらえたことが嬉しいです」

ユーワグバは今も友人にお金のアドバイスをするのは喜んで行うが、自分の知識の限界も自覚している。「昨日、契約上のトラブルに直面している同業の友人の相談を聞いていたんです。するとその友人が『あなたの本を買ったよ!寝る前に読もうと思って』と言ったので、私は『それは嬉しいし本当にありがたいけど、でもそれでは助けにならないよ。弁護士に相談してね!』と答えました」

(1) 1980年から2020年にかけて、英国の住宅価格は実質で3倍に跳ね上がった。マーガレット・サッチャーの「購入権制度」で手に入れた控えめな公営住宅(教育費が無料で、勤め先や公的支援で住宅を購入できた世代が手に入れた小規模な物件)でさえ、現在ではロンドンの一部地域で100万ポンド以上(約2億2,000万円)の価格がつき、かつての慎ましい購入が莫大な相続財産へと変貌を遂げている。

(1) 1980年から2020年にかけて、英国の住宅価格は実質で3倍に跳ね上がった。マーガレット・サッチャーの「購入権制度」で手に入れた控えめな公営住宅(教育費が無料で、勤め先や公的支援で住宅を購入できた世代が手に入れた小規模な物件)でさえ、現在ではロンドンの一部地域で100万ポンド以上(約2億2,000万円)の価格がつき、かつての慎ましい購入が莫大な相続財産へと変貌を遂げている。

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こちらの記事は Kinfolk Volume 51 に掲載されています

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