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THE FAMOUS SIX

名高き6人

  • Arts & Culture
  • Volume 50

アクラでアモアコ・ボアフォとその芸術家仲間たちと過ごした午後。
Words by Kobby Ankomah Graham . Photos by Kay Kwabia.

プールの水面に柔らかな霧雨が降り注ぐ。ここはガーナ の首都アクラの富裕な住宅街イーストレゴンの奥に位 置するオグボジョにある、芸術家・キュレーター向けレ ジデンシー〈dot.ateliers〉だ。創設者はガーナ出身のアー ティスト、アモアコ・ボアフォ。華やかな隣接地区とは対照的に、オ グボジョは控えめで趣がある。舗装された街路と埃っぽい道が織りな す風景は、可能性に満ちており、アクラそのものの縮図のようだ。

デロシェ・ストロームマイヤーが設計したこのレジデンシーは、 2022年にイギリス系ガーナ人建築家サー・デヴィッド・アジャイが ボアフォのためにアクラに設計した現代美術スペース兼レジデン シーの姉妹施設だ。ここは「隠れ家」的な雰囲気ではなく、建物の中心 に配された中庭を軸に、屋内と屋外の境界を曖昧にするような建築 が特徴。むき出しのコンクリートと風通しのいいベランダが魅力的 なプールを縁取っている。室内の壁面はほぼ無装飾だが、ボアフォに よる印象的な作品が数点飾られている。精緻な筆使いと表情豊かな 指絵を組み合わせた、独特のスタイルで描かれた大型の肖像画だ。

今日、ボアフォが迎えているのは5人の男たち。いずれも芸術家で、 プールサイドにゆったりと腰を下ろし、ノートパソコンを囲んでい る。順に現れ、笑い声や軽口を交わしながら自然に席に加わってい く。雰囲気は活気に満ちているが、時間の流れはゆるやかだ。会話の 大半は、この街の地元言語であるガ語で交わされ、私には理解できな い。しかしピジン語、トウィ語、英語も混ざり、それらは私にもわか る。ガーナは多言語国家で、ひとつの言語しか話さない人はほとん どいないのだ。時おりガ語でジョークが飛び出す。ここは形式張った 会議の場ではない。20年にわたり創作し、成長し、突き進んできた者同士が築く、友情の輪である。

アーティストたちが順に自己紹介をしてい く。デヴィッド・ドク・ボラルビ、エリック・アジェ イ・タウィア、スティーヴン・アロテイ、クウェ シ・ボッチウェイ。ボアフォは、このなかでお そらくもっとも国際的に知られた存在だが、 最後に姿を見せ、満面の笑みを浮かべながら ゆったりと空間に入ってきた。「仲間たち!」 と声を上げ、手には串焼きのケバブと苦味酒 のボトル。そんなボアフォを迎えるのは、揃っ た挨拶の声だ。唯一の不在はオーティス・クワ メ・カイ・クエイコ。オレゴン州ポートランドか らZoomで参加しており、映像は椅子に置か れたノートパソコンの画面いっぱいに映し出 されている。自己紹介が終わった後、「絶対に アモアコは最初に僕に話を振ると思ってた よ」とクエイコが笑う。この友人たちは互いの ペースに合わせ、自然に呼吸を合わせている。 その様子には、言葉では説明しきれない独特 のリズムがある。

彼らが出会ったのは2004年、アクラのガ ナッタ芸術デザイン大学で学生だった頃のこ とだ。最年少のボッチウェイだけは例外で、 「後になってこのグループを見つけた」と言う。 私がうっかり、「2014年」からの知り合いだと言い間違えると、全員が一斉に「もう出会って 21年!」と声を揃えて言った。すると場が一瞬 静まり、「うわぁ」と小さな驚きの声が輪を描 くように広がっていく。まるで、その時間の重 みを初めて全員で噛みしめたかのように。

ガナッタは、彼らにとって単なる学歴以上 の存在だ。すべてを育んだ土壌そのものなの である。「グループとしての自分たちを言葉で 表すと?」と尋ねると、全員が一斉に口を開い た。「最初から目標があった」「決意」「情熱」 「地に足が着いている」と次々に声が重なる。 ボアフォのレジデンシーを運営し、仲間から は愛情を込めて“アトフォツェ”または“オカ ンタ一世”と呼ばれるアロテイが、「炎」とひと こと。そのニックネームと炎には、なんらかの 関連性があるようで、大きな笑い声が広がる。 ちなみにボアフォにも“キング・ウィズ・ア・Q” というあだ名がある。

「これは創作を横断するコミュニティ。互いに創作への意欲を高め合っている」

ほかの誰にもわからない内輪ネタをもうひ とつ教えてほしいと頼むと、「豆売り、熱々の 豆」とボアフォが言う。私がきょとんとした顔 をすると、みんなが吹き出した。

説明を聞くと、それがとある“儀式”を意味 することが判明した。ガーナでは、黒目豆は 米やプランテンと一緒に食べられる定番食材 だ。だがボアフォといとこにとっての儀式は、 とにかく熱々のまま食べること。「熱さに苦し めば苦しむほど、たくさん食べられるってこ と」とボアフォは言う。「苦しまなきゃ、豆を食 べる資格はないんだよ」

「大切な教訓だね」とアロテイは言う。「隠れたかたちのね」とタウィアが付け加え、ほかのメンバーも頷いた。つ まり、熱い豆の儀式は忍耐と報酬の比喩だったのだ。そして、いつし かそれが全員の創作の流儀になった。今、このグループは忙しい時期 を迎えている。7月にはグループ展があるほか、クエイコにはポート ランドとアクラで同時開催される個展が控えている。タウィアとボ ラルビは、グループ展の後に自分のスタジオで静かに創作を続ける 予定だ。アロテイは今後のコラボレーションにも前向きで、ボッチ ウェイは7月にロサンゼルスで個展を控えているという。仲間たちは ボッチウェイが「こんなに国際的になるなんて」と称賛を惜しまな い。このように忙しさが増すなかで、誰がグループをまとめているの か? と尋ねると、ボアフォは少し間を置いて答える。「今なら僕だ ね。でも以前はオーティスかアトフォツェだった」

「スティーヴンのほうが僕らをまとめてくれる」とタウィアが口を 挟む。ボアフォが頷き、「アトフォツェは家庭的な男なんだ」と愛情 を込めて言う。「クワメは違うタイプのエネルギーの持ち主。クワメ がいるとパーティが盛り上がる。でもアトフォツェがいると?」と言 い、強調するためにトウィ語で「パーティが盛り上がる、コーラー(ト ウィ語で「もっと」の意)」と言った。このフレーズが一同を大爆笑さ せる。喜びは自然で感染力がある。それは長年培われたもののように 感じられた。

誰が一番、ナンセンスを指摘しそうか? と聞くと、ボアフォは即 答する。「アトフォツェ」。反応は即座で全員一致だった。再び笑い声。 そして「これ、ポイントもらえないの?」とボアフォは誇らしげなふ りをしながらにやりと笑う。「だってこんなに的確なんだから」。この ように、場の雰囲気はつねに軽やかだ。そこで、喧嘩をしたことがあ るか尋ねると、「ああ、あるよ」とタウィアが言う。「グループには必 ず意見の違いがある。僕たちも口論する。でもそれは普通のこと」

ボアフォが詳しく説明してくれた。「みんな性格が違うから、その 個性を表現したがる。つまり、ひとりがほかの人よりも多く話を聞い てもらいたがることもある。今この瞬間に話している最中でもね」。 そして一同が頷く。

ただし亀裂は決して長続きしない。「作品を第一に考えるんだ」と ボアフォは続ける。「時々お互いを理解できないことがあるのは事実 だが、そのせいで絆に影響が出るべきではない。僕たちは歩み続け る。適切な時を見つけ、問題を解決し、前に進むんだ」と慎重に話す。 後になって私は思った。このように言葉を選んで話したのは、相手が ジャーナリストだからというより、むしろボアフォがグループのな かでもっとも世に知られた存在であることの、静かな責任感による ものなのではないかと。

このような仲間のサポートは必ずしも声高に表現されるとは限ら ない。時として、それは語られないもののなかに宿っている。「この dot.ateliersという場所だってそうだ。すべての中心が誰か、どこか ら始まったのか、僕たちはみんな分かっている」とタウィアはボア フォが仲間のためにつくった空間を指しながら言う。その声にある のは、悔しさではない。静かな理解があるだけだった。ノートパソコ ンからクエイコがつけ加える。「それぞれが別々の道を歩むようになっ ても、僕たちはどこにいようと互いを支え合っている。ここポートラン ドにいても、僕はいつも故郷の仲間たちのことを話しているよ」

重要なのは、全員が創作面で互いをサポートする役割を担ってい ることだ。クエイコがにやりと笑う。「時には批判もするよ!」。する とタウィアが頷き、「これは創作を横断するコミュニティなんだ。僕 たちは互いに創作への意欲を高め合っている」と話す。

アクラの人々がこの友情をどう見ているかと尋ねると、アロテイ は躊躇することなく「嫉妬しているよ」と笑う。ボアフォは顔をしか め、「それはちょっと強い表現だな」とひるむ。しかしほかのメン バーは同意する。

競争は、このグループのダイナミクスの一部だ。「成長し、進化す るためには、健全な競争が必要なんだ」とボアフォは言う。「自分が 到達したと思い始めた瞬間に、下降が始まる。周りに自分を押し上げ てくれる人が必要なんだ」。クエイコはそれを「静かなコミュニケー ション」と呼ぶ。言葉のコミュニケーションではなく、スタジオ訪問 のなかで誰かの作品の成長を感じ取れる瞬間のことだ。「それが、僕 たちがすでに達成してきたことを可能にしてくれた要因のひとつ。 そして、これからもまだまだ続くんだ」

グループ展の後、ボアフォは自身の展示をガーナに持ち帰る計画 を語った。「来年の8月、僕の個展の最終地はここがいい。アクラでい くつかの作品を展示したい。僕が描く人物の多くはここに住んでい るから、作品がそれぞれの場所に旅立つ前に、みんなに体験してもら いたいんだ」

そして絵画以外にもボアフォにはさまざまなプロジェクトがあ る。「建築にも興味があって、信頼できるパートナーと取り組んでい る。自分の手を離れても長く残るような空間を、もっと作っていきた い」。また、本人が大好きなテニスとサッカーのアカデミーを設立す ることも目標としている。そして「レストラン系のことはあまり得意 じゃない」と言いつつも、自分が信頼できる味覚とエネルギーを持っ た知り合いと一緒に何かを作り上げたいと考えている。

世界のアート市場での存在感が高まったこ とで、グループの関係性に影響はあっただろ うか。クエイコは慎重に考えながら答える。 「忙しくなっても、できるだけつながりを保と うとしているんだ。時には沈黙することもあ るけど、それでも互いに確認し合う。完全に崩 れてしまうことはない」

結局のところ、これがこのグループの奇跡 なのかもしれない。野心が孤立を生み、名声が 歪みをもたらす世界のなかで、絆がしっかり と保たれている。21年の歳月を経ても、互いの 道が予想もしなかった形で離れたり交わった りするなかで、いつもまたお互いのもとに立 ち返ってくるのだ。

ケバブは平らげられ、苦味酒のボトルはほ とんど空になった。雨は止み、太陽が中庭の上 に穏やかに顔を出し、プールをきらめかせる。 笑い声がさらに広がり、またひとつ、私には理 解できないガ語のジョークが交わされる。し かしその空気は間違いなく伝わる。それは温 かく、永く、そして努力で得られたものだ。今 日のアクラの光は速く動く。しかしこの静か なオグボジョの一角には、何かが確かに息づ いている。

「時には沈黙することもあるけど、それでも互いに確認し合う。 完全に崩れてしまうことはない」

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こちらの記事は Kinfolk Volume 50 に掲載されています

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