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DAVID CHIPPERFIELD
デヴィッド・チッパーフィールド

過去と現在をつなぐ、建築界の巨匠デヴィッド・チッパーフィールド。
Words by Ali Morris . Photos by Cecilie Jegsen.

  • Arts & Culture
  • Volume 53

過去と現在をつなぐ、建築界の巨匠デヴィッド・チッパーフィールド。
Words by Ali Morris . Photos by Cecilie Jegsen.

スペイン北西部ガリシア地方のサンティアゴ・デ・コンポステーラには、石 造りの落ち着いた外観の建物が立ち並んでいる。サンティアゴ巡礼路の終 着点であるこの街では、巡礼者たちはサンティアゴ・デ・コンポステーラ大聖 堂を訪れ、聖ヤコブの墓所に参拝する。1 その歴史的な都市の一角に、現代を 代表する建築家のひとり、デヴィッド・チッパーフィールドの拠点がひっそ りと構えられている。彼が率いる、国際的に高い評価を受けている建築事務 所は、オフィス、住宅、公共建築に加え、とりわけ、歴史的文脈や地域文化を 建築に取り込んだ文化施設のプロジェクトを多く手がけ、熟慮と社会的意識 に基づく建築で知られている。チッパーフィールドはキャリアの大半をロ ンドンとベルリンで活動してきたが、近年、活動の場となっているのが、彼 にとって馴染み深いガリシアだ。1990年代に近隣のコルベドに海辺の別荘 を設計して以来、30年以上にわたりここで休暇を過ごしてきた。

2022年にサンティアゴ・デ・コンポステーラに開設された事務所は、ミラ ノ、上海、ベルリン、そして1985年にチッパーフィールドが自身の設計事務 所「David Chipperfield Architects」を設立したロンドンなどと並び、世界 各地に広がる拠点ネットワークのひとつに加わった。1985年の設立以来、約 40年にわたり、ベルリンのノイエス博物館の修復、イギリスのターナー・コ ンテンポラリー、アメリカのセントルイス美術館の増築計画など、数々の主 要プロジェクトで高い評価を得てきた。2010年にチッパーフィールドはナ イト爵を授与され、2023年には建築界でもっとも権威ある賞のひとつであ るプリツカー賞を受賞している。現在、その活動はヨーロッパ、アジア、北 米に広がり、さらにオーストラリアやアフリカでも新たなプロジェクトが 進行中である。

ガリシア地方は、ポルトガルの北に位置し、二面を大西洋に囲まれてい る。イベリア半島の他地域とは異なる独特の気候が特徴だ。チッパーフィー ルドのサンティアゴ事務所を訪れたのは、2月の曇り空が広がる日だった。2 この事務所は、サンティアゴ・デ・コンポステーラ旧市街の中心にある19世 紀の旧サナトリウムCasa RIAの中に位置している。建物内には、2017年に チッパーフィールドが設立した財団RIAも拠点を構え、ガリシア全域におけ る環境・空間計画の支援活動を行っている。この場所は作業場、研究拠点、展 示空間という性格を併せ持つだけでなく、一般にも開かれたレストランも 併設されている。その性格は、David Chipperfield Architectsの本社という よりも、むしろ公共的なプラットフォームに近い。駐車場の設計から森林問 題まで、幅広いテーマのプロジェクトが展開されている。

整然と本が並ぶ白い書棚に囲まれた会議室のテーブルに座りながら、チッ パーフィールドは飾り気のない言葉で話す。ときおり表現を探すように間を 置くのは、単一の建築という規模を超えて思考を言語化することに伴う責任 を意識しているためかもしれない。「10年前、当時のガリシア州首相(フェイ ホー)から、政府の計画について助言してほしいと招かれました」とサンティ アゴを拠点とするようになった経緯を説明する。「それがきっかけとなって 財団を設立することになりましたが、ちょうどその頃、建築という仕事その ものにも変化が起きていました。商業的な側面だけでなく、社会的・環境的 な課題にどのように関わっていくかを考える必要が出てきたのです」

この都市は、自治州であるガリシアの政治的中心地であり、財団にとって は強い行政権限を持つ政府と直接関わる基盤となっている。長年にわたり、 農村部の人口減少、土地利用、経済構造の転換といった課題に直面してきた 地域であり、そうした問題が財団の活動にも影響を与えている。3 「一般的 な建築事務所は、プロジェクトの依頼を受けてから設計を行います。ですが この財団では、地域社会のなかで活動しながら、プロジェクトそのものを生 み出していきます。建築家の役割がまったく異なるのです」

このCasa RIAという建物自体が、実験の一部として位置づけられている。 建て替えよりも再利用を、単独の作者性よりも集団的プロセスを優先する 発想の試験場である。Casa RIA(名称はガリシア海岸に点在する入り江=リ アに由来)には、大きなエントランスもなく、目立った看板も存在しない。旧 市街の歴史的な街並みに自然に溶け込み、市営の食品市場の向かいに位置 し、公園を見下ろす立地だ。1階には一般公開の展示スペースが配置され、上 階にはチッパーフィールドが「大きなリビングルーム」と呼ぶ会議室があ り、定期的な講演や議論の場として機能している。さらに最上階には、学生 向けのレジデンススペースが設けられている。敷地内の菜園では、一般客も 利用できる建物内のレストランで提供する食材を栽培しており、ガリシア 料理界で知られるシェフのイアゴ・パソスがレストランの監修を務めてい る。こうした取り組みには、土地と持続可能性を考えるうえで、「食」が重要 な役割を担うという考えが反映されている。4

集団的なプロセスを重視する一方で、チッパーフィールド自身は、独自の 建築観を象徴する存在として広く知られるようになった。チッパーフィー ルドの建築は、壮観さや過剰な表現を競った時代への対抗軸ともいえるも ので、抑制の効いたデザインや素材感を大切にしながら、周囲との連続性を 重視している。現在では、歴史的建築や文化施設を手がける建築家として知 られているものの、振り返ってみれば、その評価へ至る道筋は決して一直線 ではなかった。

イギリス南西部デヴォンの農場で育ったチッパーフィールドは1953年生 まれ。当初は獣医学の道を志していたが、獣医学校への進学は叶わなかった。 美術学校を経て、1970年代にロンドンのAAスクールで建築を学ぶことにな る。初期にはリチャード・ロジャースやノーマン・フォスターのもとで経験を 積み、台頭しつつあったハイテク建築の潮流に触れた。一方で、自身の建築 は、より控えめで落ち着いた方向へと形づくられていった。当時のイギリス では、若い建築家に与えられる機会は限られていた。このような状況で、 Issey Miyakeのために手がけた店舗デザインやリテールコンセプトをきっ かけに、日本で仕事をするようになる。1987年、バブル経済の絶頂期に東京 に仮設オフィスを構え、千葉の後藤美術館、トヨタオート京都(TAKビル)、 岡山のまつもとコーポレーション本社などの小規模建築を手がけた。

「誰かに よってつくられたものには、すべて何らかの価値と意味があるはずです。取 り壊す前に、それを真剣に受け止めるべきです」

 

(1) 毎年50万人以上の巡礼者が、ヨーロッパ各地のさまざまな地点からサンティアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼路を歩く。この巡礼はもともとカトリック信徒によって行われてきたが、現在では宗教を問わず誰にでも開かれている。所要期間は、ルートや出発地によって5日から1カ月以上までと幅がある。

(2) ガリシア語には「雨」を表す言葉が70以上存在するとされる。たとえば、軽い霧雨を意味するorballo、ゆっくりと染み込むような細かい雨を指すpoalla、粘り気のあるしつこい霧雨を表すbabuña、雷を伴う雨を意味するtreboadaなど。

日本で足場を固め、自信を深めたチッパーフィールドは、活動の拠点を 徐々にヨーロッパへと戻していった。師事した建築家たちの華やかで装飾的 な表現とは対照的に、抑えた表現や建物同士の連続性、静けさを重視する独 自の建築スタイルを築いていく。その後、ヴェネツィアの墓地拡張計画や、ミ ラノやサレルノでの美術館・公共施設プロジェクトなどを通じて、新しい建 築がすでに存在する環境といかに共存しうるかという問いが、チッパー フィールドの関心の中心となっていった。

それでもチッパーフィールドが指摘するように、建築をより広い公共的な 全体の一部として捉えるという考え方は、決して新しいものではない。明確 な例として挙げられるのがヴェネツィアだ。「ヴェネツィアのサン・マルコ広 場に行くと、空間全体がかなり統一されているように感じられます。しかし、 あの建物群は150年以上にわたって異なる建築家たちによって建てられたも のです。統一性が生まれているのは、それぞれの建築家が、個々の行為が全 体に与える影響に責任を感じていたからです」

2022年、チッパーフィールドにとってキャリアの節目となるプロジェク トがサン・マルコ広場で手がけられた。それは、広場北側に位置する16世紀の アーケード建築プロクラティエ・ヴェッキエの修復である。この建物は長年 にわたり一般公開されず、おもにオフィスとして使われてきたが、チッパー フィールドの事務所はその構造を慎重に再編し、The Human Safety Net財 団の拠点として再生した。5 これにより、上層階は500年の歴史のなかで初め て一般に開かれることとなった。この改修は控えめでありながら、細部まで 丁寧に設計されている。歴史的構造は取り替えるのではなく修復され、新た に加えられた要素も、的確でありながら既存の建物に配慮しながら設計され ている。

ドイツの首都ベルリンでは、こうした考え方がより大きなスケールで試さ れることになる。再建や記憶、連続性が日常のなかに深く根づいた都市であ り、歴史とともにどのように新しい建築物をつくっていくかという問いが市 民的な議論の一部として共有され、人々に深く複雑な感情を抱かせている。 チッパーフィールドが Julian Harrap Architectsとともに手がけた、戦災で 損傷したノイエス博物館の修復は、こうした思考を極限まで押し進めること になり、最終的には歴史と記憶に対するチッパーフィールドの関わり方その ものを決定づける仕事となっていった。

ノイエス博物館は、フリードリヒ・アウグスト・シュトュラーの設計により 1855年に完成した建物である。しかし第二次世界大戦中の激しい爆撃によっ て大きな損傷を受け、その後半世紀以上にわたり、東ドイツにおいてほとん ど顧みられることのない廃墟として放置されていた。しかしベルリンの壁崩 壊とドイツ再統一を経て、その再建は国家的な意味を持つプロジェクトとな る。チッパーフィールドは1997年、この博物館の修復・再建をめぐる国際コ ンペティションでフランク・ゲーリーの案を退けて選ばれた。そのアプロー チは、廃墟を再解釈の機会とするのではなく、「修復」という行為そのものと して捉えるものであった。

失われたものをそのまま再建せず、チッパーフィールドは残された構造を 補強したうえで、新しいレンガ、コンクリート、淡い色の石を用いて補完し、 既存の建築要素と調和するかたちで設計を提案した。完成した計画では、銃 弾の痕が残る柱が保存され、フレスコ画の断片は素地の壁へと溶け込み、か つて天井が崩落していた空間には新しい階段が差し込まれるように設けら れている。

現在では、この博物館は現代的な保存・修復の基準となる事例として高く 評価されている。しかし当時は、「なぜ建物をかつての姿のまま単純に再建で きないのか」という問いをめぐって議論を呼んだ。この反応についてチッ パーフィールドは、「論理的で、感情的にも理解できる」と認めている。「もし 残っているものすべてがオリジナルだと考えるなら、それをどのように修復 するのかを考えなければなりません。もしそれが絵画や彫刻であれば、すべてを新しいものとして覆い隠すようなことはしないはずです。最優先される べきは残された素材であり、その素材は読み取れる状態であり続けなければ なりません」

このプロジェクトに取り組むにあたって、方向性の一致を図るために、学 芸員、政治家、そして市民との長期的な対話が続けられた。5年にわたる計画 期間の間には、「ミュージアム島を守る会」のような遺産保護団体から反対運 動も起こり、戦争で損傷した痕跡をあえて可視化する手法が、19世紀のオリ ジナル建築を「損なう」あるいは「矮小化する」と批判された。6

「建築家としての私の役割は、完成像を持ち込み、こう決めるべきだと一方 的に伝える、専門家として振る舞うことではなく、議論や対話を導く存在で した」とチッパーフィールドは語り、この10年に及ぶプロジェクトが、建築 における作者性の従来の考え方に問いを投げかけたことを振り返る。「結果 としてできあがったものは、最初の要望通りにそのまま作るよりも、人々に とってずっと意味のあるものになりました。ただ、そのためには時間をかけ た説明や働きかけが欠かせませんでした」

カーサ・RIAの菜園と果樹園で採れた野菜や果物は、定期的に建物内の食堂「A Cantina」に届けられ、地元の市場から仕入れた食材とともに日々の食事に取り入れられている。

(3) ガリシアは人口約250万人を抱える地域で、スペインで経済的にもっとも貧しい地域のひとつとされている。一方で、逆説的に生活の質は高い地域としても知られている。ガリシアの女性の平均寿命は87歳で、ヨーロッパでもとくに高い水準にある。

(4) シェフのイアゴ・パソスは、サンティアゴ・デ・コンポステーラの外食業界で10年以上活動してきた。同市の歴史ある市場や地元生産者と密接に関わるプロジェクトを中心に活動している。

この経験は、チッパーフィールド本人と事務所の双方にとってキャリア を決定づけるものとなり、国際的な建築家としての地位を確立する転機と なった。チッパーフィールドはノイエス博物館のプロジェクト受注後の 1998年にベルリン事務所を開設し、それ以来、この都市は事務所にとって重 要な拠点であり続けている。現在はミッテ地区のピアノ工場跡地に事務所 を構え、プロダクトデザイン部門であるDavid Chipperfield Designも同じ 拠点に置かれている。7 さらにその後、ミュージアム島に建設されたジェー ムズ・サイモン・ギャラリーの設計を手がけたことで、ベルリンの文化的な 文脈のなかで、より重要な存在となっていった。

チッパーフィールドは、建築とは単に建物をつくる行為ではなく、より 広い文化的・物質的な連続体の一部として理解されるべきだと主張する。彼 が手がける歴史的なプロジェクトにおいて、既存の都市構造は、壊さずに守 りながら、意味を読み取り、未来へつないでいく対象として捉えられてい る。新たに手を加える場合も、すでにあるものと対立するのではなく、その 延長として考えられている。たとえばロンドンのロイヤル・アカデミーでは、コンクリートで囲まれた橋を設けることで、指定建造物であるバーリント ン・ハウスとバーリントン・ガーデンズの間に公共動線が生み出された。また 上海では、1930年代に建てられたロイヤル・アジア協会会館(中国初の公共 博物館)を、慎重な修復によって、外灘美術館として再生している。「誰かに よってつくられたものには、すべて何らかの価値と意味があるはずです。取 り壊す前に、それを真剣に受け止めるべきです」

こうした考え方は、気候変動への緊急性が高まる現代において、とくに大 きな意味を持つようになっている。素材が有限の資源であるという認識の広 がりや、解体によって排出される体化炭素への関心の高まりは、チッパー フィールドのアプローチの重要性をさらに強めている。「確実に言えること は、新築よりも既存の建物を再利用するほうが優れているということです。 建物を再利用している時点で、すでに一歩先に進んでいるのです」

食べ物と同じように、建築もまた、「何がどこから来ているのか」「それが時 代のなかでどのように理解されてきたのか」を映し出すものだとチッパー フィールドは論じる。建築は、商品や不動産の一形態として見なされること もある一方で、暮らし方や資源の使い方に関する共有された文化的知識の一 部として捉えることもできる。このふたつの立場の緊張関係が、近年の建築 環境の多くを形づくってきた。そこではしばしば、集団的な連続性や統一性 よりも、市場での価値や個人の表現が優先されてきた。

チッパーフィールドは、建築は記憶や意味と切り離すことのできないも のだと論じる。この考えは、2023年に建築界でもっとも権威ある賞である プリツカー賞を受賞した際にも語られている。8 「建築家として私は、考え方 によっては意味や記憶、そして遺産の守り手です。都市は歴史の記録であ り、ある時点以降の建築もまた歴史の記録になります。都市は静的なもので はなく、つねに変化し続ける存在です。その過程で、建物は取り壊され、新 しいものに置き換えられていきます。それは人々がそう選択しているから です。そして、単に優れたものだけを保護するという考え方では十分ではあ りません。都市の豊かな変化の積み重ねを映し出すような、性格や質そのも のを守ることも重要なのです」

チッパーフィールドが学んだ1950~60年代の戦後世代の建築家たちは、 都市や公共施設の形成に深く関わり、国家再建の一環として住宅計画や大 学、文化インフラの整備に貢献していた。しかし20世紀末になると、建築の 領域は、あらかじめ設定された商業的・政治的・計画上の制約のもとで設計 を行うものへと次第に後退していった。「私たちは、実際に問題が目の前に 来たときに下す判断よりも、計画の段階でなされる決定のほうがはるかに 重要になりうるということを学びました

財団RIAは、ノイエス博物館で培われた方法論を、開発そのものを形づく る市民的・広域的な枠組みへと拡張することを目指している。ガリシアにお いて同財団は、計画に関する意思決定や建築が生まれる条件そのものに立ち戻り、地域の風景や都市、インフラを形づくる、しばしば目に見えない 判断をめぐって、集団的な省察の場をつくり出している。また、分析や調整、 長期的な思考を担う場としても機能している。「ここでの仕事は、ノイエス 博物館での考え方の続きです。他者のために良いことをしようとしている のですが、ときにはそれを望まない人もいる。この財団は議論と対話のため の場なのです」

近年は、バルバンサ山地において、循環型の林業・農業・畜産を統合した多 機能的なランドスケープの計画などを進めている。また、近隣の海沿いの町 パルメイラでは、港の利用者や住民と協働して策定されたマスタープラン を通じて、交通中心だった道路を市民のための空間へと転換する試みが進 められている。さらに、アロウサ湾では、炭素吸収や栄養塩の除去、経済の 多様化といった可能性を検証するため、シュガーケルプの養殖実験が行わ れている。

チッパーフィールドは自身の役割の変化を、キャリアの後半に入ったこ とによる自然な帰結として捉えている。「今は自分の人生においても仕事に おいても、非常に恵まれた立場にあります。プリツカー賞も受賞しました し、自分の名を確立するための個人プロジェクトをこれ以上手がける必要 はほとんどありません。安定した立場にあるからこそ、35歳の頃よりも広 い視点で考えることができるのだと思います。少し実験的なこともできる ようになりましたし、今では財団RIAに関わる18人の若い建築家と一緒に実 験を行っています」。その試みは自身のレガシーを意識してのことなのか、 それとも単にキャリアの次のステップなのだろうか。「純粋な楽しみとして やっています。ある意味では完全に贅沢なことですが、それを楽しんでいる のです」と語り、笑みを浮かべた。

「確実に言えることは、新築よりも既存の建物を再利用するほうが優れているということです。 建物を再利用している時点で、すでに一歩先に進んでいるのです」

(7) David Chipperfield Designの代表的なプロダクトには、ジョルジョ・モランディの絵画に着想を得たキッチンウェアのシリーズ「Tonale」や、2019年に発表されたAlessiのクラシックなモカポットの再解釈などがある。

(8) 受賞発表では、チッパーフィールドは「抑制においてラディカルである」と評された。「デヴィッド・チッパーフィールドの仕事は、ヨーロッパの古典主義、イギリスの複雑な性格、さらには日本の繊細さまでも一体化している。それは文化的多様性の結実である」

(7) David Chipperfield Designの代表的なプロダクトには、ジョルジョ・モランディの絵画に着想を得たキッチンウェアのシリーズ「Tonale」や、2019年に発表されたAlessiのクラシックなモカポットの再解釈などがある。

(8) 受賞発表では、チッパーフィールドは「抑制においてラディカルである」と評された。「デヴィッド・チッパーフィールドの仕事は、ヨーロッパの古典主義、イギリスの複雑な性格、さらには日本の繊細さまでも一体化している。それは文化的多様性の結実である」

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こちらの記事は Kinfolk Volume 53 に掲載されています

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