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  • Arts & Culture
  • Volume 30

花をいける:
安本美代子

フローラルデザインの世界でひときわ存在感を放つ安本美代子さんのパリのアトリエにて。 Words by Annick Weber. Photography by Luc Braquet.

誰もが自分の仕事場で暮らしたいと願うわけではないだろうが、日系フラ ンス人のフローラルデザイナー安本美代子さんのアトリエ兼住居は、そう思 わずにはいられないほど魅力的な空間だ。「花に囲まれて暮らしています」と、パリ郊外オーベルヴィリエのロフトスタイルの家でくつろぎながら語る安本 さん。彼女を取り囲むのは、完成し、まもなく顧客に届けられる作品や、葉物 や主役となる花を加えて最後の仕上げを待つものなど、彩り豊かな花のアレ ンジメントの数々だ。壁にかけられた作品は、野に咲く花の押し花とリネンを使って制作中のウィービングタペストリー。安本さんの背後の床から天井ま である窓は、緑豊かな中庭に開け放たれている。

元デザイナーの安本さんは、社会人として入学したパリのエコール・デ・フルーリストのフローリスト養成課程を 2016 年に修了。オフィシーヌ・ユニ ヴェルセル・ビュリーのマレ店の店内で、パリ初のドライフラワー専門店を任 されたのち、2018 年に自身のアトリエ「Une Maison dans les Arbres」を設 立した。ドライフラワーのブーケをこよなく愛する安本さんだが、最近は地 域の小規模生産者から購入する季節の切り花やグリーンも作品に取り入れ、はかなさと永遠、瑞々しさと時が止まったような美しさを融合する。アイデ アの源泉は、幼い頃に夏を過ごしたフランス南西部の風景、そして日本のいけ ばなのミニマリズムだ。安本さんが生み出すブーケは生命力にあふれ、まるで摘み取られたばかりの野花のようだ。

答えにくい質問かもしれませんが、1番のお気に入りの花はありますか?
特にありませんが、ガーデンローズの香りは本当に素敵だと思います。私にとっ て特別な思い入れがある花です 。2015年のパリ同時多発テロ事件で 、私は同僚のひとりを亡くしました。その直後に、友人が贈ってくれた花がガー デンローズでした。それまで 20 年間アートディレクターとして働いてきましたが、事件によってある日突然深く傷つき、自分の人生に疑問を抱くようになりました。デザイン事務所での仕事で、私の身心はバラバラになっていたのです。だから今こそ人生を変えよう、自分が幸せと感じられることをやろうと決めたのです。

どのようにして次のステップを見つけたのですか?
それは誰もが自分自 身で見つけ出さなければなりません。あのガーデンローズの香りによって私 の中で何かが動き始めたのです。本来の自分を取り戻せたように感じました。 いろいろなことが、ようやくしっくりときたのです。苦しいとき、自然は多くの安らぎを与えてくれました。

フローラルデザインの道を選んだ理由は?
自然に関わる仕事に興味がありましたが、あまり長期間勉強したくはありませんでした。長年コンピュー タの前で仕事をしてきたので、次は何か具体的に形のあるものを扱いたい、しかもあまり準備に時間をかけずに、と考えました。2016 年に卒業してから 1 年後、フリーランスとして活動を開始しました。

思い描いていた通りの仕事でしたか?
自然に癒されたいのは私だけでは ないことがよくわかりました。コロナ禍での都市封鎖の期間中は、生花のデリバリーをしました。多くの人が家で少しでも自然を感じたいと願っていたからです。ブーケには香りを出すためにミント、バーベナ、レモングラスを入 れ、さらにシャクヤクなどオーソドックスな花も加えました。匂いはとてもパ ワフルです。どんな不安やマイナス思考も取り除いてくれる力があります。

 

ガーデンローズがもたらしてくれた癒しのひとときを、人々に届けたのです ね。
その通りです。花は私たちの脳の本能をつかさどる部分に安らぎをも たらしてくれます。

業界について驚いたことはありますか?
花のビジネスの過剰なまでの消費主義とそれに伴う環境負荷の大きさは想像を超えていました。個人的には、はるばるケニヤから2月にバラを持ってくるなんてナンセンスだと思います が、この業界ではそれが当たり前とされていることを、パリのさまざまな花 屋で修業した際に学びました。そのとき、従来の花のビジネスのあり方は、私 が求めているものではないと気づきました。

誤った道を選んでしまったと不安になりませんでしたか?
いいえ、でも自 分の考えを持つ必要があると実感しました。美しいものを創り出すために、エキゾチックな花を大量に消費する必要はありません。

でも季節の花がほとんど手に入らない冬はどうするのですか?
それこそ がドライフラワーに注目した理由です。ドライフラワーは、倫理的にも美的 にも私の価値観にぴったりでした。四季の移り変わりに調和し、年間を通じ てさまざまな植物を使った創作が可能になります。特に生の草花と組み合わせると、どこか懐かしさを感じさせてくれる点もドライフラワーの魅力です。誰 だって子どものころ、夏休みの記念に押し花を作った思い出があるでしょう?

安本さんご自身にはどのような思い出がありますか?
フランス南西部ポワトゥーの祖父母の家で過ごした夏を思い出します。今も作品で使う多くの花を摘みに訪れる場所です。祖父の庭、家のまわりの野原など、そこかしこに 花が咲いていました。長い散歩に出かけては、摘みたての花やハーブ、野草の ブーケを抱えて帰りました。

子どもは天性のフローラルデザイナーですか?
子どもの目には、こっちには花が咲いているよ、あっちには葉っぱがあるね、とあらゆるものが美しく 映ります。そしてどんなことだってできると信じています。そうしたのびの びとした感性によって素晴らしい作品が生まれるのです。

大人になるとそれが急に難しくなります。なぜでしょう?
子どものように、植物に向き合えなくなるからだと思います。アレンジメントを作り始めるときに、こういう作品にしたいという思いが強いと、私はだいたい苦戦します。 おもしろい作品が生まれるのは自然の成り行きに身を任せたとき。すると感 情が作品に表れます。いけばなでは作品を通じて気持ちを表現することを学びました。俳句を詠むのと似ているかもしれません。私はいけばなを極めた わけではありませんが、その理念に深い関心を寄せています。

いけばなの厳しい決まりごとは直感的な創作の妨げになりませんか?
誤解しないでほしいのですが、直感的だからといって集中していないわけではありません。創作中は当然ながら目の前の作品に全神経を注ぐ必要がありま す。戦国武将は戦いに臨む際、花をいけることで精神を整えたと言われています。一種の瞑想のようなものでしょう。また、いけばなは、私たちが子ども の頃に作ったブーケのように、つぼみ、盛りの花、朽ちかけの花、またそれら を囲む草木など、どんな植物も生かす芸術です。とても詩的で、大いなる気づ きを与えてくれます。

失敗作というものは存在しますか?
ないと思います。フラワーアレンジメントを教えていますが、作品に落胆する生徒さんを見たことはありません。ま た、同じレッスンを受けても、まったく同じ作品ができあがることは、まずあ りません。

色の組み合わせや、花材や質感が合わない場合はどうすれば良いのでしょう か?
こうすればうまくいく、あるいは失敗する、という公式はないでしょ う。詩人シャルル・ボードレールは「美はつねに奇妙なもの」という言葉を残 しています。その通りだと思います。奇妙さのなかに多くの美が存在するのです。それは唯一無二の存在としての作者の個性が映し出されるから。作り手の心が見えるのです。

「美しいものを創り出すために、エキゾチックな花を大量に消費する必要はありません」

「美しいものを創り出すために、エキゾチックな花を大量に消費する必要はありません」

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こちらの記事は Kinfolk Volume 30 に掲載されています

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