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Home Tour: The New Palace
ホームツアー: ニュー・パレス

グジャラートの西部に位置する静かな町、モルヴィ。ライターのコマル・シャルマがそこで発見したのは風光明媚なアールデコの宮殿だった。
Words by Komal Sharma. Photography by Salva López. Production by Vinay Panjwani.

アーメダバードから西へ4時間。建物が点在する道を進むと、インドにおける最高傑作と名高いアールデコ建築様式を採用したマハラジャの宮殿が現れる。

1942年竣工のこの建築物は、当時の伝統的な宮殿とはかけ離れていた。所有者のタクール・マヘンドラシンがニュー・パレス(新たな宮殿)と名づけたのはそのためなのだろう。彼はモルヴィの最後のマハラジャだった。そしてモルヴィは戦士の一族であったジャデジャ・ラージプート族が長年統治していた町である。ニュー・パレスは他の町から地理的には遠く離れているが、歴史という観点においては中心に位置する重要な建物だといえる。まだイギリスの植民地支配下にあった1940年代当時、インド王室が伝統的な豪華絢爛さと新しいナショナリズムの過渡期にあったことをこの建築は表現しているのだ。

当時何世代にもわたり、インドの王子や王女たちは留学のためイギリスへ送り出された。彼らはヨーロッパやアメリカへ旅行し、急成長を遂げていたモダニズム建築を目の当たりにする。そのためアールデコは20世紀半ばを通して、とりわけムンバイの港街において定着していった。インドの建築史家によれば、インドはマイアミに次いでアールデコ建築が集中している地域とのことだ。タクール・マヘンドラシンは、自身の宮殿に可能な限り流行りのアールデコ様式を取り入れるため、ムンバイで人気を博した建築事務所グレッグソン・バットレイ&キングに設計を、インドのシャプルジ・パロンジ社に施工を依頼した。同社はボンベイ証券取引所や香港銀行なども手がけている。

故タクール・マヘンドラシンの娘であるラジクマリ・ルクスマニ・デヴィは、父親のビジョンを懐かしく回想する。「それは若いマハラジャの夢だった」と、ミラ・バの愛称で呼ばれている元王女は記している。「20代前半にアメリカへ旅行した父はアールデコに強く興味を惹かれた。アールデコは当時最先端の流行だったのだ」

ニュー・パレスは、両角が丸みを帯びた2階建ての構造で、広大な敷地の中央に立っている(ちなみに宮殿の建築面積は敷地の10分の1にすぎない)。ファサードに配置された円柱は、アールデコの典型的な幾何学模様を描いている。私は正面玄関から内部へ入り、建物の周囲を巡るテラゾー仕上げの廊下を進んだ。廊下は噴水のあるふたつの中庭を囲む回廊になっており、美しい調度品が置かれた応接室やダイニングルームが次々と現れる。ニュー・パレスは、ヨーロッパの最高峰のモダニズム建築様式とインドの伝統的な建築様式を融合している。たとえば、風通しを考慮して中庭を設けている点などはインド式だ。

しかしニュー・パレスが特別なのは建築物の外観だけではない。宮殿に生命力を吹き込んでいるのは、その内装、家具、アート、工芸品だ。若いマハラジャが贅の限りを尽くしたと断言できる。退廃的なパーティの記憶がホールやラウンジ、大階段に響き渡るようだ。マハラジャはポーランド出身の芸術家ステファン・ノルブランにこの宮殿の装飾を依頼した。魅惑的で自由奔放なフラッパー時代の肖像画からシヴァとクリシュナの神話まで、多岐にわたるノルブランの作品が宮殿内に飾られている。

楽しむための空間も随所にある。奇妙な“からくり”がある体育館が併設された屋内プールやクルミ材の壁と暖炉が備わったイギリスの別荘のような図書室……。1981年以来宮殿の管理人を務めるマンハーシンが、本や書類がひしめき合うオフィスから「装飾と家具の見積書」を取り出してくれた。当時、ロンドンのトッテナムコート通りからはるばるグジャラートまで郵送されたものだ。

見積書の目録の多さと詳細な説明から、マハラジャの強いこだわりが伺い知れる。「ナポレオン風の大理石の柱、ボッティチーノ風の大理石の壁と開口部のアーチ、ベルギー産大理石の台座がついた杉材とオニキスの柱、チェルトナム産青銅でセルロース加工された引き戸、ガラスの枝葉の細工が施されたサテンシルバーの直径28インチのペンダントランプ。キューバ産のマホガニー材の椅子にはフランス産ウォールナットの脚を。防虫加工されたアイランドソファには最上級のスプリングと詰め物を用い、さらにカバーには選りすぐりの生地を使用……」。見積書はこのように延々と続く。「マハラジャは住居、工芸品、芸術などすべてにおいて、美しいものを愛していた」とミラ・バは綴っている。「彼はテニスとポロの優れた選手だったが、もっとも深く愛していたのは馬だった。優秀な騎手だった彼は世界各地のレースに参加していた。モルヴィにゴルフコースの建設を計画したほど、ゴルフにも熱中していた。さらに、モルヴィに飛行場を作り小型機を所有していた」。このような彼の遺品は、今でもニュー・パレスに残されている。壁一面を飾るのは、トロフィーとメダル、騎手やポロ選手が描写された油絵、そして実物よりも大きい肖像画の数々だ。父親のラクディジル・バハドゥール、祖父のワジ・バハドゥールを含む何代も前の祖先たちが、正装した姿で描かれている。この宮殿には、遊び心と調和を保ちながら現代性と伝統が共存しているようだ。

インドの歴史における美的、文化的、政治的変化を目の当たりにできるニュー・パレスだが、ここはそもそも住居として建てられている。今は人が暮らした気配があまりない一方で、決して忘れ去られた感じでもない。精緻を極めた調度品、隙間なく敷かれたカーペット、食器類で飾られたキャビネット、真珠貝が施された螺鈿テーブルの周囲に配置された無数のソファと長椅子。部屋をよく見ると、家族の思い出の欠片が目に入ってくる。それは、ここで暮らした幼い子どもや女性たちの写真だ。優雅なサリーと真珠のネックレスを身に着けた彼女たちは、カメラに向かってさりげなく微笑んでいる。

宮殿は住込みのスタッフたちの管理によってつねに美しく維持されている。一生涯を敷地内で過ごす彼らの言葉は優しさに満ちていた。「王族の方々がお越しになるときは、旗を掲げます。彼らの滞在を町中の人たちに知らせるためです」と一人が言えば、別のスタッフは「私はここに植えられた木々を見ながら敷地内で育ちました。マンゴーの木もモクレンの木も、私と一緒に成長したのです」と話す。現在の王族は、女王とその娘4人で構成されている。彼女たちはムンバイやロンドンなど世界中に所有する邸宅で暮らしているが、時折、親族一同で幼少時代を過ごしたモルヴィに戻ることがある。ミラ・バによるとこの宮殿には永久的に王家の魂が宿っているという。「私の父は、彼の母親、妻、子どもたち、そして彼自身のためにこの家を建てた」と彼女は記している。「どこの土地で暮らしても、私たち家族の“我が家”はここだ。モルヴィこそが、私たちの愛が集まる特別な場所なのだ」