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  • Interiors
  • Volume 31

ホームツアー: アーコサンティ

まるでSF映画の舞台や地中海のヴィラのように見えるアーコサンティは、“ユートピアの生態系”と呼ばれている。ティム・ホーニャックがアリゾナ州の砂漠の真ん中にあるこの実験的なコミュニティを覗き見る。

レバノン系アメリカ人の作家、アミーン・リハニは「砂漠にいると、人は発見者になる」と綴り、精神的な覚醒に火をつけるような砂漠の力について言及した。しかし砂漠には、より大きな変化をもたらす力もある。アリゾナ州のソノラ砂漠に位置するアーコサンティは、人々の共生を再定義するための実験都市として1970年代に建設された。そして2020年、新しいコミュニティの創造に向けたこの大胆な試みの開始から50年目を迎えた。

アーコサンティは、フェニックスから北へ95キロほどの位置にある孤立したメサ(テーブル状の高地)の上に建てられたさまざまな形の構造物の集合体。モジュラー建築のユニット、ロマネスク様式のドーム、眼下の谷を見下ろす丸窓が配置された建物などから成り立つ。この風化しつつあるコンクリート群には、円形や半円形のモチーフが繰り返されているのが特徴的だ。角度によっては、まるでジェームズ・ボンドの映画に登場する悪役の隠れ家のように見える(実際、1988年のSF映画『Nightfall』でロケ地として使われたことも)。しかし、全体的には“地中海を一望する丘の上の村”に現代的なひねりを加えたような印象を受ける。アーコサンティを設立したのは、イタリア人建築家パオロ・ソレリ。環境に優しい原則に基づいてコンパクトな居住地を構築することを目標とした彼は、アーキテクチャー(建築)とエコロジー(生態)を組み合わせた“アーコロジー”の概念を提唱した。

1919年にトリノで生まれたソレリは、1947年に渡米し、アリゾナ州スコッツデールにあるフランク・ロイド・ライトが設立した建築学校タリアセン・ウエストで18カ月間ライトに師事した。ソレリが手がけた多くの作品はアメリカの南西部にあり、アーコサンティは彼の最高傑作と言われている。生前彼はグッゲンハイム財団からヴェネツィア・ビエンナーレ国際建築展まで、多くの団体から賞や奨励金を授与した。『ニューヨーク・タイムズ』紙の建築評論家エイダ・ルイーズ・ハクスタブルは、彼の哲学的な環境意識を称賛し、ソレリを「砂漠の預言者」と表現した。

2013年にソレリが亡くなった時、人々は彼を追悼した。しかしその4年後、実娘のダニエラ・ソレリが、10代の頃に性的虐待とレイプ未遂を受けたとして父親を告発。「人類の努力とは、人々の長年の多大なる貢献によって表される。しかしそのなかには、過去または現在において、不愉快で恐ろしい行動をとった者も含まれている」と彼女は綴っている。アーコサンティを管理するコサンティ財団は「偉大な思想を支援することは、その創造者の行為を容認することではない」と認めた上で、ソレリの偉大なる遺産を再評価するよう人々に呼びかけている。

しかしソレリの理想がアーコサンティを形作ったことを考えると、建築家と作品を完全に切り離すことは不可能だろう。1970年の著書『Arcology: City in the Image of Man(原題)』(アーコロジー:人間の理想都市)は、当時の都市の荒廃を糾弾し、SF的な海や宇宙を含むさまざまな場所でアーコロジーのコミュニティを創造することを夢見ていた。「アーコロジーは生態学的な性質と次元を持つ建築生物だ。有機的な生態系のような建築である」と記している。

岩だらけの台地、そびえ立つ地中海ヒノキ、エッシャーの絵画のように展開するドームやキューブ型の建造物。アーコサンティの設計は、繰り返された“内省と反映”の賜物といえる。コンクリート構造が土型を使って鋳造されている点からもわかるように、アーコサンティは生態系の一部であると同時に、極めて人間的な風景を作り出している。「建築家の視点から見ると、ここは形式的に美しいだけではありません。日和見主義で作られているのです」と語るのは、アーコサンティの内装の改修に携わった経験を持つケヴィン・パッパ。「当時、現場に出ている建築家と事務所で作業している建築家の間には、大きな隔たりがありました。そのギャップを埋める術を、アーコサンティで働いた経験を通して私は身につけることができました」

アーコサンティは“都市の実験室”と自称している。現代都市と平面的な広がりを見せるスプロール化へのアンチテーゼとして、可能な限りコンパクトでアクセスの良い都市を実現するために設計された。なかには、仕事場まで30秒で“通勤”できる住居も。さらに照明や暖房の一部に太陽光による自然エネルギーを使用しているため、環境負荷が少ない。たとえば、陶芸工房「セラミック・アプス」は南向きの半ドーム型のため、夏は日陰を作り、太陽の角度が低くなる冬には太陽熱を最大限に利用できるように設計されている。一部の住居から簡単にアクセスできる温室は、熱と食料を供給してくれる。今もなお建設が進むこの都市は、横にではなく縦に成長している。そのため、道路を作る変わりに、渡り廊下、中庭、その他の公共スペースが作られている。アーコサンティの中央にあるアーチ型の屋根が特徴的な「ボールト」は、集会場や劇場としての機能を持つ。他にも粘土と青銅から鋳造された鐘の屋外工房「ファウンドリ・アプス」がある。アーコサンティ・プロジェクトの資金の多くは、この鐘で作った風鈴の販売からきている。

アーコサンティのもっとも新しい建造物は1989年に竣工。都市計画としては、当初想定されていた規模には到底達していない。人口1,500人の計画に対して、現在は約80人が暮らしている。数十年前から住んでいる住民もいれば、金属加工や鋳造などのインターンシップやワークショップに参加するために一時的に滞在している者もいる。さらに年間2万5 千人におよぶ観光客が世界中から訪れている。建築家のジェフ・スタインは1970年代からアーコサンティで暮らす、古いメンバーのひとりだ。ソレリのユートピア的ビジョンと、ボランティアスタッフが協力し合って最初の建造物を建設したときの、コミューンのような雰囲気に魅了されて移住を決意したという。

「アーコサンティは“幻想の勝利”を表しています」とコサンティ財団理事会のメンバーであるスタインは語る。「都市とは、おそらく地球上でもっとも新しい生命体の形態であり、人間が作り出す最大かつもっとも高価な文化芸術品だと思います。しかし他の生命体と同じように、都市も効率的かつ快適に機能する必要があります。そして、もしも生命体の構造を都市設計に応用することができるとしたら、どうでしょうか? つまり、とてつもなく小さな物質と限られた時間の中に、膨大な量の生命現象を存在させるという意味です。アーコサンティはその最初の試みです。私たち人間が繁栄できるようなコミュニティを維持させるために、都市デザインにおける“複雑さ”と“コンパクトさ”を追求しています」

アリ・ギブスは、学生時代に教育、農業、デザインのワークショップに参加するためにアーコサンティへ来た。そしてその後ここに残り、料理人、バーテンダー、ゲストサービスのスチュワード、鋳物工房のスタッフとして働いた。高地の砂漠の風景は、彼を強く魅了した。「ここで初めてモンスーンを経験し、計り知れない自然の力を実感しました。乾燥した大地に大量の雨が15 分ほど降り、その後パステルカラーの雲が現れると安堵感を覚えました。その瞬間に砂漠での生活を続けたいという気持ちが固まりました」と現在はジュエリーアーティストと彫刻家をしている彼はこう回想した。「アーコサンティの住民たちは、私を快く受け入れてくれました。芸術家や作り手たちのみなさんが私を暖かく迎え入れてくれたのです」

ここが、砂漠の中の単なる空想的な実験都市ではないのは明らかだ。地球規模での気候変動への対策やスマートシティとしての共同体の開発が急がれる今、次の50年を見据えているアーコサンティの重要性は、これからより大きな共鳴を得ることになるだろう。
「訪れた人には、アーコサンティが砂漠地帯で発生した異変ではない、ということに気づいてほしいです。これは人類の能力の証なのです」とパッパは話す。「アーコサンティはしばしばユートピア的だと言われますが、それは誤解です。この都市は理想主義に基づいているのではありません。アーコサンティは種です。適切な栄養とケアを与えると、世界のどこでも成長できる種なのです」