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Jordan Casteel

ジョーダン・キャスティール

  • Arts & Culture
  • Volume 41

肖像画で名を成した画家が今、植物を描く。
Words by Sala Elise Patterson. Photography by David Schulze. Styling by Jèss Monterde. Set Design by Sally Morris Clark. Hair & Makeup by Magdalena Major.

ニューヨーク・ハーレム地区の隣人たちを描いたポートレートで 一躍有名となったジョーダン・キャスティール。 彼女が州北部に移住し、花々を描き始めた理由とは?

画家のジョーダン・キャスティールが暮ら すニューヨーク州キャッツキル山地の平屋の 自宅には、デイヴィッド・ハモンズの作品《African-American Flag》のレプリカが掲げ られている。彼女の大切な家を見守っている かのようなその旗は、赤・青・白の星条旗を、 汎アフリカ色の赤・黒・緑で再解釈した作品で あり、アフリカ系アメリカ人のアイデンティ ティ、アート史、政治的主張など、さまざまな 意味を読み取ることができる。

ハーレムから最近引っ越してきたキャス ティールにとって、その旗は新たな居場所を 創造していくうえでのシンボル的存在だ。彼 女はニューヨーク市の現代アート界で脚光を 浴びてきた。旗は、これまで暮らしてきたハー レムの黒人やラテンアメリカ系住民のコミュ ニティを思い出させてくれると同時に、移住 先であるこの土地の人々との繋がりを新たに 築いていきたいという気持ちを奮い立たせて くれる。キャスティールは2015年から2016年 にかけて、アフリカ系現代アーティストの作 品に特化した美術館、スタジオ・ミュージア ム・イン・ハーレムが実施するキャリア推進ス タジオプログラムのレジデンスアーティスト だった。この美術館のファサードにも同じ旗がはためいている。

キャスティールと、彼女の夫で写真家のデ イヴィッド・シュルツは2020年にこのキャッ ツキルの物件を購入した。それからすぐにス タジオも建て(キャスティールが上の階、シュ ルツが下の階を使用)、本格的に移住すること にした。2 月のよく晴れた冬の日、スタジオの 入口でキャスティールが笑顔で私を迎えてく れた。色とりどりのパッチワークのような セーターを着た彼女は、スタジオ 1 階のキッチ ンの椅子に座って私にこう語りかける。「ここ に来て、すぐに取りかかったことのひとつが 旗の掲揚でした。この旗はスタジオ・ミュージ アムで活動していたときのように、私がここ で暮らしていくにあたって、この家のビジョ ンを忠実に伝えるものだからです」

スタジオ内部は天井が高く直角が多いた め、一見無骨な雰囲気が漂う。けれども、白い 壁に無塗装の木の階段や廊下、さらにキャス ティールの作業場を上から照らす自然光に近 い特別仕様のライトによって、空間に柔らか さが加わっている。穏やかで居心地が良い場 所だ。スタジオのマネージャーは上階でパソ コン作業をしている。シュルツがテイクアウ トするランチの希望を私たちに聞くためにひょっこり顔を出した。

キャスティールがニューヨーク市から約 160キロ離れたこの緑豊かな丘の上に移住す るまでには、アーティストとしての本来の自 分と、有名になることに伴いさまざまな要求 に応えなければならなくなった自分との間の 葛藤があった。実際、彼女はいくつかの節目を 経て、瞬く間に成功を手にしている。イェー ル大学で美術学修士を取得した 2014 年には、 初の大型個展「Visible Man」を開催した。 2015 年にスタジオ・ミュージアムのレジデン スアーティストに選出されると、ギャラリー や美術館で数々の印象的な展覧会が開かれ、 注目すべきアーティストとして取り上げられ るようになる。さらに 2020 年には、母親を描 いたポートレートがクリスティーズで 666,734 ドルで落札された。高い落札額が予 想されていたが、実際にはその倍以上の値が つき、オークションで取り扱われた彼女の作 品のなかでも最高額を記録した。その数日後 には、彼女にとって初となるニューヨークの 美術館での大規模個展がニュー・ミュージア ムで開幕。それはイタリアに学部生として留 学中に初めて油絵の授業を受けてからちょう ど10年というタイミングだった。そして、2021 年にアート界の逸材としての彼女の地 位を不動のものにする出来事が起こる。権威 のあるマッカーサー基金の「天才賞」を受賞し たのだ。卓越した才能の持ち主や独創的な活 動に取り組む個人の可能性に投資することを 目的とする賞で、受賞者には、自由に使うこと ができる賞金625,000 ドルが支給される。こ のとき、彼女は 32 歳だった。

「受賞の知らせを受けてまず感じ たのはワクワク感ではなく、現時点 のキャリアでそのような大きな賞を いただくことに対するある種の恐怖 でした。もちろん素晴らしいことな のですが、それよりも先にプレッ シャーにやられてしまいました。重 圧が大きくなるにつれて、そもそも 自分がどうやってここまでやってき たのかすらわからなくなってしまっ たのです」とキャスティールは話す。

画家としての並々ならぬ才能以外 に彼女をここまで後押ししてきたの は、コミュニティの人々だった。キャ スティールの作品に登場する、彼女のすぐ近くにいる人たちである。たとえば、家族や 2016 年から 2021 年に かけてラトガーズ大学ニューアーク校 で 教 え た 学 生 た ち、あ る い はイェール大学での院生時代の仲間たち。卒業後は、地下鉄の乗客やスタジオ・ミュージアムの彼女の部屋の窓 (上) 暮らしへの強い憧れや、コロラド州の下の通りを行き交う人々といった、彼女が日常的に接するニューヨーカーたちだ。

当時の思いをキャスティールが説明する。「私は人にスポットをあてた絵を描きたいと考えていました。ストリートの人々は
私にとって特別な存在で、そんな彼らを描いた絵を、私の思い入れのある美術館で展示できないかと模索していました」。キャスティールが手がけるポートレートには、人々の生き様がまるごと、実にリアルに表現されている。人物とその人が生きる世界を全体として捉えられているのだ。彼女はまず描きたい相手の写真を何枚も撮影する。そして、それらの写真をコラージュのように組み合わせ、そこから深みのある 1 枚の絵を描き上げるス タイルを採用している。作品には、描かれた人物と彼女の関係性がそのまま映し出されている。多くのイメージを部分的に取り入れるのではなく包括的に捉えることで、真実がより はっきりと浮かび上がってくる。彼女の絵からはエネルギッシュな身体が発する熱や、夏の日の歩道の暑さが伝わってくる。あるいは、 子どもがぐずぐずと駄々をこねる声、手をつ なぐカップルの愛、背筋を伸ばして座る男性 の揺るぎないないプライドを観る者に感じさ せる。スタジオ・ミュージアムの館長である セルマ・ゴールデンは、それを可能にしている のがキャスティールならではの「感情、自己意 識、精神性を捉える」画家としての才能だと 語った。

キャスティールは当然ながら、絵に描くこ とを了承してくれた人々との親交も大切にしている。絵が完成した際には、サイン入りの作 品を披露するだけでなく、その収蔵先や展覧 会情報の案内も欠かさない。それが彼女のこ だわりだ。なかには作品に描かれることに抵 抗のない人もいる。たとえばジェームスは、有 名なソウルフードレストランSylviaʼ sの前で 2015年に出会って以来、キャスティールが3 回にわたって描いてきた人物だ。1回 目は彼ひとりを、2回目は彼と彼の妻 のふたりを描いた。そして妻の亡き 後、ふたたび彼を描いた。遠く離れた ハーレムのコミュニティについて聞 くと、彼女がすぐに名前を挙げるの がジェームスだ。

自身を内向的な性格だと説明する キャスティールだが、コミュニティ の人々を知り、彼らの絵を描きたい という欲望が、彼女を外の世界へと 向かわせ前進させる力になってい る。「ある程度、外向的に振る舞うよ うにしていますが、魂が癒されるの は、ひとりで過ごす時間です。こっそ り森に出かけ、姿をくらましたいと いう心境になることもあります」と 彼女は話す。キャッツキルへ移住の 背景にはこうした理由があった。都 市とその豊かで多様な文化から離れ ることに多少の怖さもあったが、そ れよりも人里離れた場所での静かな 暮らしへの強い憧れや、コロラド州 で生まれ育った経験から、移住は魅 力的に映ったと言う。

だが、隠遁生活を送ろうという考 えではない。「人々との友好関係を築 くことが私の生きがいです。絵画の制作は、そ うした関係を構築できているかを自問し、実 現するための手段です。人と出会い、関係を 作っていく過程において、ともに過ごし、相手 の人生のストーリーに耳を傾け、私自身の経 験を共有するとき、真の絆が生まれるのです。 まるで魔法のように」とキャスティールは語 る。実際、彼女とシュルツがキャッツキルを 引っ越し先として選んだのは、町で見かけた 有色人種の数から居心地良く暮らせるだろう と考えたからだ。キャスティールはアフリカ系アメリカ人(特に男性)や移民を描いてきた ことで知られている。それ自体は事実だ。彼女 自身も有色人種を描くことは、黒人アーティ ストとして譲れないと話してきた。だが同時 に、その点だけが注目され、さらには歪んだ見 方をされてしまうことを残念に思っている (言うまでもないが、白人しか描かない白人画 家の場合、そのような形で注目されることは ない)。たとえば、キャスティールが黒人を描 き始めたのは、トレイボン・マーティン射殺事 件がきっかけだったというのも間違った情報 のひとつだ。

キャスティールが描く人物の人種にのみ着 目することの問題は、彼女の制作に対する奥 深く、素晴らしい動機を単純化し、あいまいに してしまう点にある。たしかに、彼女は伝統的 に美術館で展示されるに値すると見なされて こなかった、自身のような黒人を描くことを 選んだ。だが同時に、何よりも絵を描くという 大好きな行為を通じて、愛する人や物に敬意 を表したいと考えている。彼女は自身につい ての誤ったストーリーが伝わることに腹ただ しい思いを抱いてきた。「作品の背景にある意 図や、それに対する私の画家としてのコミッ トメントをまず理解してもらうことがとても 難しいのです。理解してもらうには、アート界 の少数派である私自身が発する言葉のひとつ ひとつが、とても重要になってきます」と彼女 は話す。

キャスティールはニューヨーク州北部の暮 らしを通じ、この土地の魅力に引きつけられ ていった。拠点を完全に移してからは、スタジ オよりも庭で過ごす時間のほうが長いことに 気づいた。ハーレムで露天商や近隣の住民に 魅了されたように、キャッツキルの風景と四 季折々の庭の景色に夢中になった。ただ、当初 はそれらを絵に描こうとは思わなかったと言 う。最近の活躍ぶりを含め、自身についての話 題は、とくに黒人であることと結びつけられ、 語られてきたためだ。彼女は自身の仕事の幅 を狭めてしまうような一方的な見方に不快感 を示すものの、新たなテーマに挑戦すれば、画 家としての評価が下がってしまうかもしれな いという不安も感じていた。「純粋に描きたい テーマに取り組むよりも、人々が勝手に決め つけてきた私が画家として生きる意味や、現 在の評価を優先してしまっていたのです」

最終的には夫の励ましもあり、なるように なれと腹をくくったキャスティールは、その 結果、自由を手に入れた。「風景画と静物画を 描き始めています。静物や身近な風景を描く 過程で、光や空間、形に着目し、それらが変化 していく姿を捉えています」と彼女は言う。い くつかの作品は、昨秋、Casey Kaplanギャラ リーで行われた「Jordan Casteel: In Bloom」 展で初公開され大好評を博した。1 キャス ティールは、風景画や静物画は自画像に似て いると話す。自分がこれまでの人生で大切に してきた花や、自らの手で育てた花を描いて いるからだ。展覧会のタイトルにもなった作 品では、手前に彼女の庭で美しく咲き乱れる 百日草が描かれている。彼女の大好きな祖母 のお気に入りだったその花は「私にとって何 が大切かを示してくれる」のだと話す。「私の仕事もそれに似ています。絵を描くことで、こ れまでの人生と向き合い、そこにある真実に 気づくことができるのです」

「アート界において、 私のような 黒人アーティストが 次々に利用され、 ひどい扱いを 受けたにもかかわらず、 何も補償されないという 事例を数多く見てきました」

作品の幅を広げることは、とても大きな出 来事だった。ゆえに、彼女はこの試みの最初の 作品となった《Woven》を自身の手元に置い ている。自宅の壁に飾られた同作品は、本質的 に自由に生きることを思い出させてくれると いう。キャスティールは「創作の範囲を広げ、 発展させていかなければなりません。人に決 めつけられたり、限定されたりしてはなりま せん」と強調する。州北部への移住は彼女の契 機となった。「ここならもっと自己のバランス を保ち、自分らしさを大切にできると思いま した。アート界で活動するうえで、また、キャ リアを積んで名前が知られるようになり人々 から期待される状況において、私には地に足 をつけたここでの暮らしが必要だと確信した のです」と彼女は話す。

ニューヨーク市とそのコミュニティをキャ スティールは今も愛している。現在もハーレ ムの自宅を所有し、先週は展覧会のオープニ ングのため市内に滞在した。だが、彼女にとっ ての心のよりどころはキャッツキルでの生活 だ。ここでは、スタジオで絵を描くだけでな く、庭で手を動かす時間が十分にあると言う。 少しずつ仲間もでき始めた。地域で暮らすラ イターの友人や、地元にあるレストランのオーナー家族の絵を描く予定もある。こうし た機会が増えていくことを彼女は期待してい る。「キャッツキルで日々暮らすようになり、 少し時間がたったことで、人と出会う機会も 増えてきました。ここでは少し時間はかかる かもしれません。でも紹介を通じて多くの人 と知り合うことは可能です。交流はもう始 まっています」と彼女は話す。

人は若くして、数年という短い期間に一気 に多くの成功を収めると、シンプルな生活を 求めるようになる。さらに彼女の場合、黒人の 女性であることや、歴史的にその肌の色に よって排除されてきたアート界で絶賛される ことによるプレッシャーもある。多くの場面 で危険を覚悟して物事を進め、あらゆる可能 性を想定し、自身に対する評価に感謝しつつ も、両肩にのしかかるその重荷を担ぎ続けな ければならない。キャスティールはそのリス クを認識している。「アート界において、私の ような黒人アーティストが次々に利用され、 ひどい扱いを受けたにもかかわらず、何も補 償されないという事例をこれまでに数多く見 てきました。どれだけ称賛されようとも、そう した状況に直面する可能性があることをリア ルに感じています」

キャスティールにとって、そこから自分を 守る唯一の方法は、絵を描くこと、そしてその 意味に集中することだ。現時点では、人や花、 あるいは彼女自身の成長という生命のサイク ルに真摯に向き合うことなのかもしれない。 「この世界で好奇心を持って人との出会いや 物との出合いを果たしてきたからこそ、画家 としての今の私があります。燃え尽きたくは ありません。これからもずっと、私は絵を描き 続けたいと思っています」

(1) 同展覧会は2022年に『Time』誌の「Time 100 Next」(次世代の100人)に選ばれたキャスティールのページでも取り上げられた。彼女については「自身のテーマを自然界にまで広げ、人と人が居住する生態系の間に切り離すことのできない新たな関係を構築している」と紹介している。

(1) 同展覧会は2022年に『Time』誌の「Time 100 Next」(次世代の100人)に選ばれたキャスティールのページでも取り上げられた。彼女については「自身のテーマを自然界にまで広げ、人と人が居住する生態系の間に切り離すことのできない新たな関係を構築している」と紹介している。

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こちらの記事は Kinfolk Volume 41 に掲載されています

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