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  • Volume 39

Samuel Ross
サミュエル・ロス

CECILE TULKENSのジャケット、ニット、パンツ、VIRGIL ABLOHのリング、A-COLD-WALL*のスニーカー

アート、ファッション、ライフスタイルをデザインするサミュエル・ロス。未来は彼の手のなかにある。
Words by Fedora Abu. Photography by Neil Bedford. Styling by David Nolan. Set Design by Sandy Suffield. Makeup by Lucy Gibson.

サミュエル・ロスは、何よりもまず、自分自身を「アーティスト」だととらえている。しかしそれは、実体がなく多用される用語としてのアーティストではなく、油絵の画家のような古き良き時代の芸術家を意味する。彼のオフィスは、ロンドンにある歴史的なブルータリズム建築の一画にあり、その建物は現在「180 The Strand」というカルチャーハブとして使われている。彼はそのインダストリアルなテイストのオフィスでMacBookを開き、自身が描いた抽象表現主義的な絵画の数々を特別に見せてくれた。現在、ロンドンの有名ギャラリーと契約について交渉中であり、また別のギャラリーからは、コラボレーションの話が持ち上がっているそうだ。けれどもこの新しい試みは、彼の興味のあるクリエイティブな趣味のひとつ、というような軽いものではない。「もし自分で選べるのだったら、広州の山奥でひたすら絵を描いていたいです」と彼は言う。「フランク・ボウリングのようなヴァイブスでね」

しかし31歳のロスは最近、あまりにも多くに取り組んでいる。ジャンルを超越した存在として世界的に知られるヴァージル・アブローの右腕として育てられた彼は、メディアの枠を飛び越え活動し、「ペイフォワード(恩送り)」に力を入れているクリエイターのひとりだ。その活動の一例を挙げよう。2019年に初の彫刻作品を発表。AppleとBeats by DreとのZINEに加え、自身のデザインスタジオSamuel Ross Associates創立1周年の記念本を出版。今年、スイスの時計メーカーHublotとコラボしたビッグバン・トゥールビヨンの限定版は完売。1 ロスが立ち上げた黒人クリエイターのための助成金制度「ブラック・ブリティッシュ・アーティスト・グラント」は今年4度目を迎える。もちろん、ソウルと北京に新店舗をオープンしたメンズウェアブランド「A-Cold-Wall*」のデザイナーという顔も忘れてはならない。 すべてをどうやってこなしているか尋ねると、睡眠時間を削っているという。「何とかして寝る時間を増やさないといけませんね」

ロスは自分の「人生の中心は仕事」であることを認めているが、それは彼 らミレニアル世代の風潮とは相反するものだ。彼がデザイン業界に入った 約10 年前から、働き方が大きくシフトし、かつてのように副業が賞賛され なくなった。「野心の消滅」や「最低限の労働」と表現される、ミレニアル版 の燃え尽き症候群とも呼べるような、頑張らない働き方が浸透してきたの だ。ロスほど生産性の高い人は、分刻みにスケジュール管理をしていると 思いきや、晩夏の蒸し暑い木曜日の午後に行ったこの取材では、誰も時計 を気にする様子はなかった。

(1) Hublotとコラボしたビッグバン・トゥールビヨンのロス・モデルは、オレンジのスムースラバーとチタンのハニカムメッシュを使用し、282個のほぼすべての部品が文字盤から見えるスケルトン仕様。限定50本が10万ドルを超える価格で販売された。

(2) A-Cold-Wall*は、中国での拡大計画を意欲的に進めている。2022年末までに、上海と深センに店舗をオープン予定。

ロスの多忙な働き方は、あらゆるカルチャーに自分の足跡を残したいと いう強い衝動からきていることがすぐにわかる。A-Cold-Wall* を始めとす る、デザイン業に対する彼の野心の大きさは無限大だ。「多くのことを同時 進行させることがねらいです。ファッションだけではありません。いつで も社会を意識しています。何を着るかという選択は、最終的には、私たちが 何を吸収し、食べ、肌につけるかということに関係します。そしてどのよう に生きるか、どこで生きるか、印刷物や文学とどのように関わるか、という ことにもつながります」 封建制度の衰退から現代の旅行の取引の性質(あるいは「後期資本主義 的経験」)まで、ロスの頭脳は超高速で回転し、あらゆることを理論化する。 彼がCNNに寄せたアブローへの追悼文が名文だったと指摘すると「自分は 作家ではない」と否定した。3 しかし「最近書いた詩をお見せしましょう」と 言うと、デスクの上の山をかき分け始めた。「作家ではないのに、詩を書く のですか?」と驚いて尋ねると「ええ、何というか……なんでもやってみる 性分なのです」と彼は笑う。

ロスがこれほどじっとしていられないのは、有色人種にとって(完璧とはいえないまでも)自 由な時代を生きていると感じているからだ。これを彼は「隙間時間」と表現した。「ムーア人を除 けば、いま有色人種はこれまでに経験したこと がないほどの自由を西洋社会のなかで手にして います」と彼は言う。「私はこの機会を活用したいのです」 自分の足跡を残すための時間が限られていることは、彼の師匠であるアブローの死によって浮き彫りになったことだろう。彼の突然の死は、ファッ ション、メディア、カルチャーに関わる多くの友人たちに大きな悲しみをも たらした。そしてロスは、そのなかでももっともアブローに近い存在のひ とりだった。尊敬の念と懐かしさを込めて、彼はアブローとの思い出を 語ってくれた。いつも早口のロスだが、ふたりの最後のやり取りについて のエピソードは、非常にゆっくりとした口調で語り、目を閉じた。「彼が亡 くなったとき、私は 3 週間毎日泣きました。大人になってから、こんなに泣いたのは初めてです」

ストリートファッション界ではよく知られているが、ふたりの出会いは オンラインだった。新卒のプロダクトデザイナーだったロスは、インターン としてアブローに引き抜かれ、最終的に Hood by Air、Off-White、Donda に携わることになった。4 彼は、ヘロン・プレストン、FearofGodのジェ リー・ロレンゾ、Aly の創業者で現在は Givenchy を率いるマシュー・ウィリアムズなどと並ぶ、アブローが育てた今を時めくデザイナーのひとりだ。 「当時はエキサイティングな気分でしたか?」「自分たちの手でカルチャーに変化を起こしていると感じましたか?」との問いに彼は「はい」と答えた。

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2021 年のアブローの死後、CNN の寄稿文で、ロスはアブローとの関係をルービックキューブに例えてい る。「多くの可動部があり、私たちは多くの分野にまたがって仕事をしていた」と彼は綴った。

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Donda はカニエ・ウェストのクリエイティブ・エージェンシー。アブローは 2010 年にそのアーティス ティック・ディレクターに就任している。ロスの役割は、アブローのアイデアをレンダリング、スケッチ、絵 画、プロトタイプなどの形にすることで、「効率よくセンス良く、正確さとニュアンスを大切に行っていた」 と CNN に寄稿している。

ロスは、世界に衝撃を与えたデザインのスニーカーが世に出る直前に、 彼とアブローとロレンゾの 3 人でコペンハーゲンにいたときのことをよく 覚えている。「V(アブロー)の携帯とジェリーの携帯でこれから発売されるスニーカーを見ていました。それが何を意味するのか、どんな変化を起こす のか、私たちは知っていました」。彼らが及ぼした影響の大きさを信じられ ない人は、伝統的で由緒正しい高級服飾ブランドが次々とストリートウェ アを取り入れたコレクションを発表したことや、中古市場での取引価格を 見ればわかるだろう。

ロスが自身のメンズブランド A-Cold-Wall* を立ち上げたのは、2014 年、 彼がまだ 25 歳のとき。取材当日は、切り替えの入った ACW* ジップアップ セーターに、セットアップの ACW* スウェットパンツ、そして ACW* の 「Hiking Shoe」スニーカーという、落ち着いたトーンのアイテムで全身自 身のブランドでコーディネートしていた。彼はつねに服にこだわりを持っ ていたが、大人になるまでファッションそのものを意識することはなかっ たそうだ。「トラックスーツやパファージャケットは、仲間との一体感を得 る た め の ス タ イ ル で し た 」。1 2 歳 の と き に ス ト リ ー ト ウ ェ ア シ ョ ッ プ の 使 い 走りとして初めて働き、15 歳になると偽物の Nike のスニーカーを売ってい たという。そして現在でも、若い頃好きだったスタイルがコレクションの 基盤となっており、Nike とのコラボレーションでアパレルコレクションを発表している。

サミュエル・ロスのデザインの視点、たとえば彼がデザインするアパレ ルと彫刻作品を結びつけるものを要約すると、「ブルータリズム」という言 葉に落ち着くかもしれない。もともと建築様式を表すために使われ、やが て美学全体を表現する意味を持つようになった言葉だ。ロスは南ロンドン とノーサンプトンの公営団地で育ち、A-Cold-Wall* はイギリスの労働者階 級を着想源として誕生している。5 ロスが休みなく働き続けているのは、創 造的な衝動だけでなく、貧困に対する恐怖でもあると彼は話す。彼の母親は画家で教師、父親はセントラル・セント・マーチンズで美術を学んだが、 生活のために商業デザインの仕事に就いていた。現在、セルフリノベー ションしたノーサンプトンシャーの家とロンドンの中心部にあるアパート メントの 2 拠点で悠々と暮らしているロスは、「この時代、こんなことしている人なんていませんよね」と言う。

彼は、自分が富裕層の仲間入りを果たしただけでなく、いまではデザインの良さで評価されている 1970 年代のブルータリズム建築のランドマー ク的な「180 The Strand」に仕事場を構えるようになったことを、皮肉に 思っている。(訳注:彼が育ったような公営団地もブルータリスト建築の建 物)「公営団地で育った人が、そのデザインに携わる人たちと関わるように なるなんて、めったにないことです。私はそれができたのです」。しかし、ロ スにとって、ブルータリズムは「アートとデザインの始まり」であり、彼が惹かれた最初の歴史的ムーブメントだという。

180 The Strand の黎明期に入居したロスは、その後の発展をずっと見守ってきた。6 「この建物は魔法のような場所です。2 カ月くらい前に (Supreme の)トレマイン・エモリーとマーク・ニューソンが同じタイミン グで訪れて、本当に楽しい会話をしました。こんなことは180 The Strand でしか起こり得ないことです」。この巨大な建物には現在、『Dazed』誌のオ フィス、Soho Houseの本社とSoho Houseのメンバーズクラブ、LVMH がサポートするメンズウェアのスタートアップ企業「HEATED」が入居し ており、さらにメンズウェアの奇才プリヤ・アルワリアとグレース・ウェー ルズ・ボナーのアトリエもある。ロスがロンドンのクリエイティブシーンの中心に位置しているのは、決して偶然ではない。

(5) A-Cold-Wall* というブランド名は、それ自体が、英国社会に根づく階級制度の不可解な性質に対するメッセージである と同時に、ロスが『Dazed』誌のインタビューで語ったように、「私が育った環境の持つ質感を明確に表現する」試みでも ある。

(6) 2009 年、「180 The Strand」は当時の市長ボリス・ジョンソンによって取り壊しが決まった。しかし、2012 年に不動産開 発業者のマーク・ワドワがこの巨大建物を購入し、スタジオやオフィス、展示室などを備えたクリエイティブハブに生ま れ変わらせた。工事中の 8 年間は、ロンドン・ファッション・ウィークや Frieze アートフェアなどのイベント会場として 利用された。

しかしこの 10 年間で、「クールなもの」「クールなひと」の定義がつねに変 化していることを、彼は痛感している。ストリートウェアの分野ではなお さらだ。今日、行列ができている人気ブランドでも、明日には人が離れ、さ らにはバカにされるようになるかもしれない。「若いことの強みは、時代性 を有機的に動かす立場にいるということ。しかし若さという魔法がなくな ると、どこにも隠れる場所はありません。その人の仕事や製品の良さだけで評価されるようになります。トレンドのサイクルや 流行りが現れては消えていくのをずっと見てきまし たが、生き残れるのはきちんと作られているものだけ。 長く残るべきものだけ残ります」

彼自身は、長続きするものを作っていると自負して おり、また品質がそのカギを握っていると考えてい る。ラグジュアリー・ストリートウェアという概念や、それに該当するブランドについてロスは語ってくれた。そして A-Cold- Wall* がいかに、既製品のボディにプリントを施しただけの従来のスト リートウェアブランドと一線を画しているかについて説明してくれた。「た とえば私のブランドの場合、ポルトガルで作った糸を使ったり、日本の刺 し子を施したり、オーガニックジャージー生地を泥染めやインディゴ染め したりします」。また、この日の彼のコーディネートも、ジャケットはメリ ノウール製、スニーカーは熱に反応して色が変わるエコレザー材というよ うに上質な素材が使われている。エンジニアリングと建築のバックグラウ ンドを持つアブローとロスは以前、自分たちのデザイン哲学を「インテリ ジェント・ストリートウェアと呼ぼうとしたのですが(中略)それに腹を立 てる人が続出しました」。細部にまでこだわり抜くロスは、ファッションの サステナビリティとサプライチェーンの危機に対する革新的な解決策を持 ち合わせているように見える。多くの製品を世に送り出している業界に身 を置くことを、どう感じているのだろうか?「そのことはよく考えていま す。大量生産し規模を拡大することに伴う、明らかな罪悪感があります。そ こでナイロンやポリエステルの使用量を大幅に減らしました(中略)合成 繊維の糸を綿糸に変えるというような小さな変化でも、何万巻ものプラス チックがサプライチェーンから排除できます」。しかしロスの「超分析的な世界観」では、この問題はそう簡単に解決できることではない。たとえば、 「西側先進国が突然、中国のサプライヤーが集まる村で使われる素材に制 裁を課すという二重基準」や「巨大企業のために中小企業が責任を負わされる矛盾」などの問題点を彼は挙げる。

ロスが、アーティストでありながら、聡明な CEO としてビジネスの成長 に注力しているのは明らかだ。「異なる視点を持ち、継続する価値のあるブ ランドを作るには、ある程度の規模は必要です」と彼は話す。資本主義に抵 抗を感じているものの、急進的で反体制的な家庭で育ったバックグラウン ドがあるからこそ、ビジネスで利益を出すことに魅力を感じているのかも しれない。「私のやっていることの多くは資本主義的ですが、そのシステム にかならずしも同意しているわけではありません。ただこれ以上、イギリ スに住むカリブ海移民たちが資本主義のなかで負け組になってはいけない と思うのです」。そしてこう続けた。「まずこの経済システムのなかで前進 し、システムに打ち勝つ必要があります。少なくともより多くの発言権や 影響力を得なければなりません。そうすることで、自分たちならどうシステムを変えるか検討できるようになるのです」

要するに、資本は変革を起こすための燃料ということ。「ブラック・ブリティッシュ・アーティスト・グラント」を通じて、黒人デザイナーに 10 万ポンド以 上の資金を提供しているのはそのためだ。山に籠もって絵を描いて暮らす 生活がまだ遠い夢であり続けなければならない理由も、そこにある。いく ら先見の明があっても資金がなければ世の中を変えることはできない。

もし彼が高額な報酬を求めるのであれば、次のステップとしてもっとも 明白なのは、伝統ある高級ブランドのディレクターに就任することかもし れない。実際、彼の才能と文化的名声を信奉する 5 社から声がかかってい る。「1 社以外はあまり興味がわきませんでした。それ以上は言えませんが」。 それでも、その道を歩むことに抵抗がある。「採用されるためにやっている のではありません。ファッションの未来のあるべき姿を考案しているの は、ブランドの仕事を得るためではないのです。私の真の目的は新しいタ イプの会社を作ることです」と彼が言うので、Louis Vuitton のメンズ部門 の舵取りをしたアブローについて聞いてみた。「ヴァージルにとって、あの ポジションはエキサイティングだったと思います。実力が大多数に認めら れたのです。でも彼はトロイの木馬だった。服は単なる記号や合図だった のです。彼は図書館や教会が持つような広い役割を担い始めていました。 彼はマッシモ・ヴィネッリのような存在でした」

アブローのレガシーは大きく、Louis Vuitton の後任はロスがもっとも適 任だといわれている(後任デザイナーは現在まだ未定だ)。しかし彼がどの 道を選ぼうとも、師匠だったアブローの影に隠れて生きてはいない。ロス は自身のデザインで道を切り開いている。アブローは周りの人にモチベー ションを与える存在だったという話をよく耳にするが、ロスと少し接した だけで、彼にもこのパワーがあることがわかる。「ええ、でも行動に移すこ とが大事なのです。話したことを実践しなければなりません」。とはいえ、 彼ほど特別な才能とエネルギーを誰でも持っているわけではない。ロスは 成功すべくして成功しているのだ。

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こちらの記事は Kinfolk Volume 39 に掲載されています

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