「私は生粋のニューヨーカーなので、どんどん前へ進みたくなります。
ペースダウンするように言い聞かせなければいけないのです」
バードウォッチングの素晴らしさは、私たちの空間や時間との触れ合いかたを変えることだとウォードは言う。「周囲の景色と音に注意しながら、普段よりもゆっくりしたペースで動かなければなりません」と説明する。しかし、ウォードはゆっくりと動くのが苦手だそうだ。「私は生粋のニューヨーカーなので、どんどん前へ進みたくなります。バードウォッチングしているときでさえも、つねに次の鳥を見たいと思ってしまいます。双眼鏡を首にかけながら、いつものスピードで歩いている自分に気づきます。そしてペースダウンするように言い聞かせなければいけないのです」
「天気が良くて私の気分も良いときはこの公園に来て、目標を立てます。よし、今日は50種類を観察しよう、という風に。これはそんなに難しいことではありません。自然とひとつとなり、自然の一部として存在しよう、と思うのです」。しかしウォードの心が塞ぎ込んでいるときは、観察するというよりも、鳥の世界に“浸る”ためだけに公園に来る。「そういう日は、長い時間ここで過ごします。ただ環境に身を置いて自分を客観的に観察するのです。嫌なことを忘れて落ち着けるんです」
飛ぶ鳥を観察することは人々にやすらぎを与える。しかし、鳥はリラックスしながら飛んではいないのだとウォードは指摘する。「鳥はストレスを抱えながら飛んでいます。近くにタカがいないか? 天敵はいないか? という感じで彼らはつねに警戒しているのです」
救急車のサイレン音が鳴り響く。するとカナダガンが羽ばたく音、マガモが湖に飛び込む音、クロムクドリモドキの鳴き声がかき消された。サイレンが聞こえなくなると、ウォードは双眼鏡を顔に当てた。「アカオジロタカがいます。まだ若い。茶色の縞模様の尾で、まだ赤くなっていません。きっと去年生まれたのでしょう」。木の枝の向こう側で旋回する姿を確認すると、その行動の意味を私に説明してくれた。「タカがらせん状に飛んでいるのは、あそこに上昇気流があるからです。暖かい空気が上昇する気流に乗って、旋回しながら高度をあげていくのです」。双眼鏡を下ろすと、その目には最初の年を無事に生き抜いたタカへの深い尊敬の念が見えた。
「この公園の一番のお気に入りのエリアに生きましょう。湿原です」。子どもの頃はクラット・ブラザーズやクロコダイル・ハンターのようなテレビの自然科学番組の司会者から影響を受けたものの、本当に憧れていたのは自分と同じ黒人の博物学者だった、と歩きながら話してくれた。「子どもは自分が共感できるものに惹かれます。『あの人と同じ人種だから、僕も同じことができる』ってね。でも自然科学番組に私のような黒人が出ていなかったら、私の場合は『私にもチャンスがあるのかな? 私がやってもいいのかな?』と現状を変えたいと思うタイプなのです」
自転車と衝突しそうなランナーたちの間を通り過ぎ、さらさらと流れる小川を越えると、静かな湿原にたどり着いた。「ここはこの公園の中でも座ってゆっくりとできる場所なんです」とウォードは言う。そして、たとえ目を閉じていても湿地帯にいることがわかると話す。それはクロムクドリモドキ、ミソサザイ、キタミズツグミ、フクロウ、タカアカノスリが教えてくれるからだそうだ。「目視する前に音だけで鳥を識別できなければいけません。鳥の鳴き声はふたつの意味があります。ひとつが『なわばりに入るな』、そしてもうひとつは『パートナーを探しています』という求愛のメッセージです」
湿原からもといた場所に戻る前に、私たちは少しの間だけ耳を澄ませながら立ち止まった。自然界と都市の“境界線”として存在する歩道に着くと、ウォードは高い木のてっぺんを指差した。「あそこにタカの巣がありますよ」。頭上をこのような巨大な鳥が旋回しているとは、地上を闊歩する大勢の人は気づいていない。「できることなら望遠鏡をここに置いてあの巣の観察をしたいです。そして通りすがりの人たちにも望遠鏡を覗いてもらいたいです」
立ち止まり、深呼吸し、耳を澄ませて自分の周りにある自然界をより意識する。人々がこうなることをウォードは望んでいる。「ある日、ひどい渋滞に巻き込まれてしまったんです。そしたら車の中から5~6羽のツバメが飛んでいるのが見えました。美しいツバメが車両と車両の間で虫を捕まえようとアクロバティックな飛び方をしていたのです。これを見た瞬間に、まったく進まない渋滞も『そう悪くないな』と思えたんです。ツバメのショーを楽しめばいいのですから。でも『一体何人の人がツバメに気づいているだろう? このショーを楽しいと思っているだろう?』と思いました。車から降りて演壇に上がり、マイクを握ってこのツバメの話を伝えている自分の姿を想像しました」。ウォードは他の渋滞車両に向けてその熱い想いを伝えることはできなかったが、自身のYouTube のチャンネルではピードモント公園のガイドウォークや全国各地で行った講演の内容を毎日発信している。彼の話には特別な力がある。その力とは? 今私たちが抱えているイライラをすっかり忘れさせてくれ、今いる場所と現実から遠くへ連れ出してくれるのだ。