この経験は、チッパーフィールド本人と事務所の双方にとってキャリア を決定づけるものとなり、国際的な建築家としての地位を確立する転機と なった。チッパーフィールドはノイエス博物館のプロジェクト受注後の 1998年にベルリン事務所を開設し、それ以来、この都市は事務所にとって重 要な拠点であり続けている。現在はミッテ地区のピアノ工場跡地に事務所 を構え、プロダクトデザイン部門であるDavid Chipperfield Designも同じ 拠点に置かれている。7 さらにその後、ミュージアム島に建設されたジェー ムズ・サイモン・ギャラリーの設計を手がけたことで、ベルリンの文化的な 文脈のなかで、より重要な存在となっていった。
チッパーフィールドは、建築とは単に建物をつくる行為ではなく、より 広い文化的・物質的な連続体の一部として理解されるべきだと主張する。彼 が手がける歴史的なプロジェクトにおいて、既存の都市構造は、壊さずに守 りながら、意味を読み取り、未来へつないでいく対象として捉えられてい る。新たに手を加える場合も、すでにあるものと対立するのではなく、その 延長として考えられている。たとえばロンドンのロイヤル・アカデミーでは、コンクリートで囲まれた橋を設けることで、指定建造物であるバーリント ン・ハウスとバーリントン・ガーデンズの間に公共動線が生み出された。また 上海では、1930年代に建てられたロイヤル・アジア協会会館(中国初の公共 博物館)を、慎重な修復によって、外灘美術館として再生している。「誰かに よってつくられたものには、すべて何らかの価値と意味があるはずです。取 り壊す前に、それを真剣に受け止めるべきです」
こうした考え方は、気候変動への緊急性が高まる現代において、とくに大 きな意味を持つようになっている。素材が有限の資源であるという認識の広 がりや、解体によって排出される体化炭素への関心の高まりは、チッパー フィールドのアプローチの重要性をさらに強めている。「確実に言えること は、新築よりも既存の建物を再利用するほうが優れているということです。 建物を再利用している時点で、すでに一歩先に進んでいるのです」
食べ物と同じように、建築もまた、「何がどこから来ているのか」「それが時 代のなかでどのように理解されてきたのか」を映し出すものだとチッパー フィールドは論じる。建築は、商品や不動産の一形態として見なされること もある一方で、暮らし方や資源の使い方に関する共有された文化的知識の一 部として捉えることもできる。このふたつの立場の緊張関係が、近年の建築 環境の多くを形づくってきた。そこではしばしば、集団的な連続性や統一性 よりも、市場での価値や個人の表現が優先されてきた。
チッパーフィールドは、建築は記憶や意味と切り離すことのできないも のだと論じる。この考えは、2023年に建築界でもっとも権威ある賞である プリツカー賞を受賞した際にも語られている。8 「建築家として私は、考え方 によっては意味や記憶、そして遺産の守り手です。都市は歴史の記録であ り、ある時点以降の建築もまた歴史の記録になります。都市は静的なもので はなく、つねに変化し続ける存在です。その過程で、建物は取り壊され、新 しいものに置き換えられていきます。それは人々がそう選択しているから です。そして、単に優れたものだけを保護するという考え方では十分ではあ りません。都市の豊かな変化の積み重ねを映し出すような、性格や質そのも のを守ることも重要なのです」
チッパーフィールドが学んだ1950~60年代の戦後世代の建築家たちは、 都市や公共施設の形成に深く関わり、国家再建の一環として住宅計画や大 学、文化インフラの整備に貢献していた。しかし20世紀末になると、建築の 領域は、あらかじめ設定された商業的・政治的・計画上の制約のもとで設計 を行うものへと次第に後退していった。「私たちは、実際に問題が目の前に 来たときに下す判断よりも、計画の段階でなされる決定のほうがはるかに 重要になりうるということを学びました
財団RIAは、ノイエス博物館で培われた方法論を、開発そのものを形づく る市民的・広域的な枠組みへと拡張することを目指している。ガリシアにお いて同財団は、計画に関する意思決定や建築が生まれる条件そのものに立ち戻り、地域の風景や都市、インフラを形づくる、しばしば目に見えない 判断をめぐって、集団的な省察の場をつくり出している。また、分析や調整、 長期的な思考を担う場としても機能している。「ここでの仕事は、ノイエス 博物館での考え方の続きです。他者のために良いことをしようとしている のですが、ときにはそれを望まない人もいる。この財団は議論と対話のため の場なのです」
近年は、バルバンサ山地において、循環型の林業・農業・畜産を統合した多 機能的なランドスケープの計画などを進めている。また、近隣の海沿いの町 パルメイラでは、港の利用者や住民と協働して策定されたマスタープラン を通じて、交通中心だった道路を市民のための空間へと転換する試みが進 められている。さらに、アロウサ湾では、炭素吸収や栄養塩の除去、経済の 多様化といった可能性を検証するため、シュガーケルプの養殖実験が行わ れている。
チッパーフィールドは自身の役割の変化を、キャリアの後半に入ったこ とによる自然な帰結として捉えている。「今は自分の人生においても仕事に おいても、非常に恵まれた立場にあります。プリツカー賞も受賞しました し、自分の名を確立するための個人プロジェクトをこれ以上手がける必要 はほとんどありません。安定した立場にあるからこそ、35歳の頃よりも広 い視点で考えることができるのだと思います。少し実験的なこともできる ようになりましたし、今では財団RIAに関わる18人の若い建築家と一緒に実 験を行っています」。その試みは自身のレガシーを意識してのことなのか、 それとも単にキャリアの次のステップなのだろうか。「純粋な楽しみとして やっています。ある意味では完全に贅沢なことですが、それを楽しんでいる のです」と語り、笑みを浮かべた。
「確実に言えることは、新築よりも既存の建物を再利用するほうが優れているということです。 建物を再利用している時点で、すでに一歩先に進んでいるのです」