• お買い物カゴに商品がありません。
cart chevron-down close-disc
:
  • Films
  • Volume 29

Greta Lee
グレタ・リー

主役を陰から支える“部外者”として名を成した韓国系アメリカ人女優のグレタ・リー。今、彼女は自らが中心の物語を綴っている。 Words by Rachel Syme. Photography by Dominik Tarabanski. Styling by Jordy Huinder. Set Design by Javier Irigoyen. Hair by Eloise Cheung. Makeup by Rommy Najor.

グレタ・リーは私をDimesに連れてくるつもりはなかった。Dimesはマンハッタンのローワーイーストサイドにある小さな隠れ家のようなカフェだ。パステルカラーのカフェテーブルと大きなヤシの葉の飾りがあり、ジャンボサイズのタヒニトーストを出す、いかにも今風の店。ファッションモデルやスウェーデン人の観光客がカウンター席に一日中居座り、オレンジブロッサムのケフィールを飲んだり、マクロビオティックのパワーボウルを食べたりしている。こういう店をリーは嫌っているわけではない。ただ、もっと“ニューヨークっぽい”店でこの取材をしたかったのだ。

当初の予定では、ここからほど近いGolden Diner で朝食を取りながら取材をするはずだった。オープンしたばかりのGolden Dinerは、オーナーシェフのサミュエル・ユが子どもの頃通っていたクイーンズのダイナーを再現しており、レトロな雰囲気が漂う。リーは2000年代に、ミシュランで星をとった“予約の取れない”レストランMomofuku Koでウェイトレスをしていた。ユは当時の同僚だ。現在ユは自分の店を持つようになり、リーはNetflix製作のドラマ『ロシアン・ドール:謎のタイムループ』に出演し、HBOのコメディ番組の脚本とプロデュースを手がけている。ふたりの下積み時代を振り返るにはGolden Dinerがふさわしいとリーは思ったのだ。

結局、その日は月曜日でGolden Dinerの定休日だったのだ。「しかたないね。じゃあDimesに行こう」とため息まじりにリーは言った。席につきグリーンジュースとトーストを頼むと、Dimesの雰囲気が「すごくロサンゼルスっぽい」ので来るのをためらっていたのだと言う。現在36歳のリーはLA出身だが、高校卒業後に地元を出て以来一度も戻りたいと思ったことはないそうだ。グレンデールとサウスパサデナの中間に位置するラ・カナダ・フリントリッジという小さな街に住んでいた10代の頃、リーはしょっちゅう地元のゴルフコースの埃っぽい駐車場に車を停め、夜景を眺めていた。ロマンティックなシーンのように聞こえるが、リーはこの光景に幻滅していたという。「まさに人魚姫と同じ状況。ここではない遠く向こうの世界に行きたいと思っていたの。いつかNYに行くことを夢見る若い子っているけれど、まさに私はそのタイプだった」とリーは話す。

彼女は幼い頃ニューヨークで暮らしていたこともあった。しかし幼すぎて彼女の記憶には残っていない。リーの両親はソウルで出会い、ロサンゼルスへ移住した。1980年代初頭にリーが生まれると、アメリカ国内を点々とする生活が始まった。父親は医師だが「英語が話せなかったので、勤務できる病院が見つからなかった」とリーは話す。リーの家族はマサチューセッツ州のスプリングフィールド、ブルックリンのカナージーに住み(リーの妹と弟はその2都市で生まれた)、そしてロサンゼルスに再び戻り根を下ろした。生い立ちについて語りながら、リーは犠牲という概念についても触れる。というのは、韓国でピアニストとして成功していた彼女の母親は「アメリカに来てからピアノをやめて、子どもたちが大学を卒業するまで子育てに専念していた」からだ。

母親が芸術の道を諦めた代わりに、リーは幼少の頃からプロを目指して歌とダンスを習っていた。シカゴのノースウェスタン大学でミュージカル劇を学び(在学中に彼女の夫、俳優兼ライターのラス・アームストロングと出会っている)、卒業するやいなや女優を目指してニューヨークへやってきた。

そして早々にドラマ『Law & Order:性犯罪特捜班』の「タブー」というエピソードに登場する“近親相姦のスキャンダルに巻き込まれる女性のルームメイト”を演じた。その直後、コメディミュージカル『第25回パットナム郡スペリング大会』の巡回公演のメインキャストに選ばれ、“寝る間も惜しんで勉強に励む成績優秀なマーシー・パーク”役を手にした。リーの初公演はサンフランシスコだった。次にボストンへ移り、ニューヨークへ戻ると今度は同ミュージカルのブロードウェイ公演でマーシーを演じることに。25歳になる頃には、アメリカ各地で数千回におよぶ舞台を経験していた。成功をつかんだ、と当時の彼女は思った。

「私の世代の韓国版ナタリー・ポートマンになれると信じていたの」と笑いながらリーは話す。「これでスターになれる。じゃあね、みんな!と思って大喜びだった。まさか公演が終了したら、ウェイトレスをする日々が待っているとは思ってもいなかったんだよね」

舞台が成功していた頃、リーはブロードウェイの薄給で定期的に友人たちにお酒をおごり(「なかには銀行員もいたの。なんてバカなことをしていたんだろう?」)、子どもの頃に夢見たニューヨークの派手な暮らしを実現するためにクレジットカードの借金がどんどん膨らんでいった。「私は本当にバカだったから、キャリー・ブラッドショーになろうとしていたの」と冗談を言う。「ニューヨークに来て、ただお金を無駄使いしちゃった。『セックス・アンド・ザ・シティ』に影響されなかったら今ごろ家でも買えていたかもね」

2008年に『スペリング大会』が終演すると、リーは突如として無職になった。“マーシー”のようなアジア人女性のための役は、一般的な芝居では必要とされなかった。リーは実業家デイビッド・チャン経営のMomofuku Ssäm Bar,でウェイトレスとして働き始め、最終的には上級給仕に昇格し、Momofukuの新店舗のKoやM.のオープン準備を手伝うことになった。オーディションを受け続けてはいたが、食の世界に深く関わるようになっていった。「適当にできない性格で、なんでも一生懸命になってしまうの」と彼女は話す。「当時お店で接客をした業界人に、仕事を通じて“再会”したことが何度もあるの。もちろん彼らはウェイトレスだった私のことなんて覚えていないけれど、私は心の中で『お客さまにお料理をお出ししたことがございます』なんてふざけていたんだ」

2012年、リーはピュリッツァー賞にノミネートされ、リンカーン・センターでプレミア公演されたエイミー・ハーツォグ作の演劇『4000 Miles』の端役を演じた。しかし出番が1場面しかなかったため、出演を断ることも考えていたという。彼女の役は“無愛想な祖母を訪ねてニューヨークへ来た男性の交際相手、中国人女性アマンダ”だった。アマンダは祖母に視覚的な衝撃を与える存在として登場する。「物語の中では盛り上がるシーンなんだけれど、それが私の現代のアメリカ演劇界に対する不満なんだよね。こういう“高尚な”家族ドラマのなかのマイノリティの描かれ方がね……。私たちみたいな部外者に回ってくるのはすごく限定された、強烈なキャラクターだけなの。この場合は主人公とヤッてるアジア人女だしね」

「当時お店で接客をした業界人に、仕事を通じて“再会”したことが何度もあるの」

しかしこの1シーンがある人物に大きな印象を与えた。それは若手女優兼脚本家のレナ・ダナムだった。リーの演技を観たダナムは、自身が脚本を手がけていたドラマ『Girls』に“ギャラリー経営者の高飛車なスー・ジン”という役をリーのために書いた。『Girls』の稽古で、リーはコメディアンのエイミー・シューマーと再会を果たす。ふたりは以前あるオーディションの帰りのエレベーターの中で会ったことがあった。再会をきっかけにシューマーはComedy Central製作のコメディ短編ドラマ『Inside Amy Schumer』にリーを起用(特に“お互いを褒め合う女友だち”という内容のエピソードは話題になった)。さらに同時期に、後に大手のHBOが買収した人気ウェブドラマ『High Maintenance』で“デートアプリで知り合った男性のアパートの前に居座る、住む家のないハイディ”という女性を演じている。また2014年にドラマ『New Girl/ ダサかわ女子と三銃士』でも似たような役どころを得ている。ジェイク・ジョンソンの恋の相手である、“ホームレスだと思われているが実は資産家のカイ”という役だった。

彼女のコミカルな演技が評判となり、順調に仕事が増えてきた。しかし女優として“成功している”と世の中が認め始めると、今までリーを起用してきた白人女性の制作者たちから声が掛からなくなった。「一番仲の良い仲間といるときも『ああ、まだ世の中をそんな風に見ているんだ』と感じることがある」と彼女はスクランブルエッグを食べながら言う。「やっぱり私は完全な部外者という立場でしかストーリーに参加できないの。人種差別は本当に“組織的”で、この問題解決の糸口は、いまだにまったく見つからない状態だよ」

ある日、リーはシューマーを相手にアジア人女性の配役について不満をもらしていた。するとシューマーは、それを打破する唯一の方法は自らが脚本家になることだと助言したという。「その時の彼女ったら『わかるでしょ、おバカさん。ラップトップを開いてパチパチってね。自分で書くんだよ』っていう感じだったの」とリーは話す。「なんかすごく笑えたんだよね。だって脚本なんて簡単に書けないでしょう?」リーはコンピュータに向かってみたが、自ら書かなくてはいけない状況に腹を立てた。「自分が演技を続けるためには、ここまでしなくてはいけないのかと思うと本当につらかった。世の中がアジア人をいかに正しく見ていないかという現実を否応なしに受け入れるようになったの。今でもそのつらさは変わっていないけれど。世の中は全然変わっていないから」

書き始めた頃の脚本は「ボロボロ。正直言って、本当に最悪」だったが、次第に自信がつき始めた。そして『Girls』のストーリー・エディターで現在HBO製作のドラマ『バリー』のプロデューサーを務める、友人のジェイソン・キムとともにドラマを作り始めた。LAの高級住宅地ブレントウッドを舞台にした、策略的な韓国人女性の犯罪ドラマだ。「この主人公は私みたいな韓国系アメリカ人を可能な限り“白人っぽく”させたキャラクター。ブレントウッドの豪邸で暮らして、高級ブランドで着飾る自分を想像して書いたの」

彼らはこのドラマを『Koreatown』と名付け、2018年にHBOへ売り込むと即座に話がまとまった。この取材の数日前に脚本を完成させたばかりのリーは、進行に時間がかかっているものの製作することは決定していると話す。彼女はようやく長年求めていた、複雑な背景を持つアジア人家族をテーマにしたドラマを作ることができる。しかし、これは犯罪に手を染める家族の話だ。各メディアの取材を受けたリーが、同ドラマを『ザ・ソプラノズ 哀愁のマフィア』の韓国版とたとえたことで、韓国人コミュニティのイメージダウンにつながると一部から批判された。彼女はその批判こそが問題の核心だと話す。つまりマイノリティを描いた作品が極端に少ないため、彼らが主人公の場合は「ハッピーな物語でなければいけない」というプレッシャーが制作側にあるのだという。

「いろんな人から『韓国人が悪者扱いされちゃうよ。だって犯罪者の役なんでしょう?』って言われたから驚いたよ。だって『ザ・ソプラノズ』を観ても『大変。イタリア人は全員マフィアだと思われちゃう!』とはならないでしょう。これってダブルスタンダードだよね」 一度自分で作品を書き始めると、次々とアイデアがあふれてきた。現在は『Koreatown』以外にも、韓国人女性が主役の2作品を執筆中だ。ひとつは金 正恩の妹の生活を想像したコメディだ。「彼の右腕はあの妹だという陰謀論があるんだよね。それで逆に『どうしたら女がソシオパスになっちゃうほど、女性エンパワーメント運動を促進できるんだろう?』って思い始めたの」

そしてもうひとつの作品は、1950から60年代にかけてアメリカで活躍した3人組の歌手、キム・シスターズを描いたシリアスなドラマだ。彼女たちは朝鮮戦争中にアメリカ兵の前で歌を披露し、その後、過酷な全米ツアーを経験している。「史上初のK-popアイドルみたいな存在。渡米して、あの有名な『エド・サリヴァン・ショー』に出たの」

同番組に21回も登場したにもかかわらず、現代では忘れ去られた彼女たちの物語を伝えることにリーは使命を感じている。「なによりも彼女たちは、本当に素晴らしい才能があったの。20種類の楽器を演奏できるくらいの音楽の天才だった。アメリカで生きていくために英語も勉強したし。でも今では彼女たちのことを誰も知らないよね」

歴史から消えた物語を執筆中のリーだが、彼女自身の姿をテレビで観る機会は増えている。レスリー・ヘッドランド作の大ヒットドラマ『ロシアン・ドール』でナターシャ・リオンが演じる主人公の友人役を好演している。主人公が何度も生死を繰り返し、誕生日パーティの場面から毎回スタートするという設定のため、リーはほぼ毎エピソードで「お誕生日おめでとう!」というセリフを言う。そのため、今では通りがかりの人からこのセリフを言われることが多い。タヒニトーストを食べ終えながら彼女は言う。「長い間この仕事をしているけれど、そういうキャッチフレーズは一度もなかったから、こんな風に声を掛けられるのは初めてのことなんだ」

ドラマのセリフが流行ることに対して、さほど関心がないリーだが、彼女の3歳の息子のアポロは大興奮しているらしい。「アポロは本当におしゃべり好きな子で、誰かが私にあのセリフを言うたびに『今日はママの誕生日じゃないよ』って言い返すの」。アポロの弟、ラファエルは昨年生まれたばかりだ。

現在、リーはまるで曲芸のようにバランスを取りながら生活している。子どもたちの世話をし(周囲を見ても5歳以下の子どもをふたりも抱えているのは彼女だけ)、ニューヨークで暮らし続け(彼女はニューヨークが好きなのだが、子育てをしやすいロサンゼルスへ引っ越すことになるのも時間の問題)、女優を続け(『ロシアン・ドール』の次シーズンの出演が決まっている)、アジア人が正しく描かれる作品を世に出すことに注力している。「“現代の女性”って響きは良いけれど、結局ひとりで何役もこなすという意味だから」と2 杯目のコーヒーを飲みながらリーは皮肉を込めて話す。

この取材の後、リーは夫と“夫婦セラピー”を受診するためにブルックリンへ向かい(夫婦仲に問題はないが“現状維持”のために通っている)、アポロとラファエルを迎えに行き(「良くも悪くも、98%子どもが中心の生活なの」)、『Koreatown』の台本を読み直し、それからまだ非公開の新ドラマの撮影のためにヨーロッパへ行く準備をする。目が回るような日々だが、良い役が回ってくることを夢みていたウェイトレス時代と比べると、現在の多忙な生活のほうがずっと幸福だと言う。現状に憤慨し、給仕の仕事に飽き飽きし、演じたい役を自分で創作し始めたリー。今後は彼女のようなマイノリティの女性にチャンスを与えることができるだろう。“彼女の世代の韓国版ナタリー・ポートマン”になろうとする必要はない。もはや、グレタ・リーは彼女の世代を代表する唯一無二の女優なのだから。

「“現代の女性”って響きは良いけれど、結局ひとりで何役もこなすという意味だから」

「“現代の女性”って響きは良いけれど、結局ひとりで何役もこなすという意味だから」

KINFOLK_j29_1

こちらの記事は Kinfolk Volume 29 に掲載されています

購入する

Kinfolk.jpは、利便性向上や閲覧の追跡のためにクッキー(cookie)を使用しています。詳細については、当社のクッキーポリシーをご覧ください。当サイトの条件に同意し、閲覧を続けるには「同意する」ボタンを押してください。