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  • Volume 36

Vincent VAN DUYSEN
ヴィンセント・ヴァン・ドゥイセン

カルト的な 建築家の 自宅にて。
Words by Anna Winston. Photography by Lasse Fløde.

カルト的な 建築家の 自宅にて。
Words by Anna Winston. Photography by Lasse Fløde.

ヴィンセント・ヴァン・ドゥイセンは、カゴリーにはこだわらないタイプだ。しかし自分がミニマリズムと分類されると、憤慨する「この言葉の使われ方が問題ですね。本来、“ニマリズム”とは非常に過激なものなのです。でも私にはまったくその要素がない。私はクライアントと自分自身のために、温もりと快適さを創造するためにこの仕事をしているのですから」

私はこのベルギー人建築家・デザイナーのアントワープの自宅で、初めて彼と会った。しかし彼がこう議論を展開するのは今回 が初めてではないと感じた。彼はこう続け た。「もちろん、私はアメリカのミニ マルアーティストの大ファンです。 しかしミニマリズムの考え方は、す べてを削ぎ落とすというもの。環境 を乱すかもしれないという理由から オブジェやアート、本をすべて空間 から排除します。しかしこれは私の ミニマリズムのとらえ方とは違いま す。私のことをミニマリストだと思 う人がいたら、『君たちは私をわかっ ていない。全然理解していない』と言 いますよ」

彼の仕事ぶりをよく知る人なら、 彼のこのような情熱的で威勢のいい 話し方に驚くことはないだろう。 ヴァン・ドゥイセンは、無感情やクー ルというものから程遠いタイプの人 間だ。自然な素材や色彩使いには特 別なこだわりがあり、彼がつくり出 すものの表面には思わず触れたくな るような質感がある。カラーパレッ トは一見すると単色に見えるが、実 は繊細なトーンとバリエーションが 豊富だ。デザイナー仲間で元デザイ ンジャーナリストのイルス・クロ フォードが彼の作品を「官能的」と表 現したことがあったが、その言葉の ほうがしっくりくるだろう。また、 ヴァン・ドゥイセンのアプローチは、完全主義 でもある。建築、インテリア、家具、プロダク トデザインが一体となって、「私の世界」が完 成するのだと話す。

彼のトータルアプローチを理解する手がか りになるのがアントワープに完成したオーガ スト・ホテルだ。レストランのカトラリーに至るまで、すべてヴァン・ドゥイセンと彼のチームがデザインを手がけた。また、彼の自宅のデザインについてもそうだ。食品庫、バスルーム、電子機器、(寝室にあるどれも似たような)黒い野球帽など、生活を機能させる「煩雑なもの」の多くは食器棚やワードローブの扉の中に隠されている。それでもその空間にはきちんと生活感が漂っている。ほぼすべての部屋に本と雑誌が山積みになっており、その多くは何度もめくった跡がついている。フラマン語や英語の小説、哲学書、それに『ナショナルジオグラフィック』誌も何冊もある。彼は本やオブジェをそれぞれの空間の「主役」 と表現する。

ヴァン・ドゥイセンは1980年代後半からア ントワープに住んでいる。その前は8年間カト リック系の全寮制学校で過ごしていたため、 当時は反抗的だったと語る。「不良少年ではな かったのですが、何でも探求したいという時 期でした」と彼は言う。両親に内緒で受験した アントワープのファッションアカデミーに合 格したが、親はより実用的な建築の道に進ま せようと、試験対策のために家庭教師を雇っ たという。それは彼がもっとも苦手とする学 科だったが、見事合格した。

1985年にヴァン・ドゥイセンが最初の自宅 を設計した当時、アントワープは極めてユ ニークな特性を持った文化とデザインの中心 地としての評判が定着しつつあった。35年以 上経った今でも、その最初の家のリビング ルームは、Pinterestやブログ、インテリアの まとめ記事などに頻繁に登場し、 街の中心部にある彼のスタジオから 歩いて行ける現在の自宅の画像と並 べて掲載されることもある。19世紀 の新古典主義建築のその建物は、ベ ルギーのフラマン語圏の北部によく 見られる、17世紀に建てられたレン ガ造りの狭い家屋とは一線を画して いる。

落ち着いた色合いの質感のある 壁、窓やカウンターなどにアクセン ト使いされている「ほぼ黒に近い 色」、生活感を隠す収納、洗練された ディテール。この2つの住宅にはこの ような共通点が多数ある。この類似 性からわかるのは、過去数十年にわ たりヴァン・ドゥイセンのスタイルが 一貫しているということ。イタリアの Loro PianaやLa Rinescentの店舗、 ベルギーのワイナリーなど、現在彼 の事務所が手がけるショールーム、 ショップ、ホテル、オフィスにおいて も同様に、彼の建築はどれも似通っ た雰囲気を纏っている。装飾を削ぎ 落としながらも温かみがある。

彼が手がける建物は、外観は厳格 なモダニズム建築に見えることが多 い。対照的に、そのインテリアは五感 に訴えかける。彼は自身のデザイン プローチを直感的なものと表現し、数学は得 意ではないと話す。「私には他の才能がありま すから。私のチームはそれを知っています。私 はたくさんの言葉を使って、物語やイメージ を語るタイプです」。彼は今でも、事務所が請 け負うすべてのプロジェクトに日々、自ら関 わっているそうだ。

ヴァン・ドゥイセンといえばベルギーのイ メージが強いが、彼はしばしば自身と地中海 のつながりについて話す。これは母方の家系 が地中海系だったということ以外にも理由が ある。若きデザイナーだった頃、イタリアに住 み、仕事をしていたからだ。イタリアのデザ イン界から大きな影響を受けていた20代の 頃、メンフィスの創始者エットレ・ソットサス のミラノスタジオのパートナーであり、ポス トモダニズムのデザイナー兼建築家のアルド・ チビックとともに活動していた時期もある。 イタリアのデザインは、彼が創造する控え めで静かな世界観とは相反するように感じる が、イタリアでの体験は「脳内レベル」で自身 に影響を与えたと彼は話す。「私は当時、22、 23歳の若造でした。ポストモダニズムの終焉 という狂気に満ちた時代に、知的でクレイ ジーで、まるでパゾリーニのような人たちと 一緒にいたんです。彼らは、まったく常識にと らわれない方法で建築を教えていました」と 彼は振り返る。「当時、ソットサスとチビック の影響で、基礎的なフォルムに興味を持ちま した。私が最初に手がけたコレクションのひ とつが《Standards》という家具のシリーズで す。基本に忠実でありながら、楽しいひねりを 加えたものでした」

そして1989年にベルギーに戻り、自身のス タジオを開設。最初に彼の家具デザイナーと しての可能性に目をつけたのは、イタリア人 のジュリオ・カッペリーニだった。有名家具ブ ランドCappelliniを率いるカッペリーニは、 「私のインテリアや家具を住宅建築としてと らえてくれました」とヴァン・ドゥイセンは語 る。彼はイタリアの家具ブランドと数多くの コラボレーションをしているが、その初作品 はCappelliniからの依頼だった。2016年には、 世界でも随一の家具見本市であるミラノサ ローネの創設に携わった一族が設立した家具 ブランドMolteni&Cのクリエイティブディ レクターに就任。イタリア人以外で同ブラン ドの指揮を執るのはヴァン・ドゥイセンが初 めてだ。そして今では、自分自身をファミリー の一員と感じているという。

リビングルームの脇に置かれた木製の長い テーブルに腰かけ、アーティスト、スターリン グ・ルビーのダンボールでできた作品を眺め るヴァン・ドゥイセン。写真では厳しい人物の ように見えるが、実際の彼は、エネルギッシュ で温かみがある。頭からつま先まで真っ黒な 服(建築家の標準的なユニフォームをよりカ ジュアルにしたスタイル)に身を包んだ彼は、 とても気さくに話してくれる。たとえば、いつ も野球帽をかぶっているのは、「坊主頭だから 寒い季節はかならず頭部を覆いなさい」と医 者に言われたからだと教えてくれた。

一方で、歯に衣着せぬ発言もする。アント ワープをはじめとするヨーロッパの都市で、 古い建物を改造し「高級アパートメント」とし て売るために彼のデザインの劣化版のような 建築が出回っていることに、彼はいらだちを 露わにする。これらは、ベルギー・ミニマリズ ムの美学に便乗しようとするデベロッパーに よって建てられたものである。ベルギー・ミニ マリズムは、ヴァン・ドゥイセンや同じくアント ワープ出身のアクセル・フェルヴォルトが確 立した美学を表現するために2010年代初頭 に生まれた用語だ。うまく真似ているつもり でも「偽ベルギー・ミニマリズム」は、ヴァン・ ドゥイセンの代表作のような繊細さに欠けて いる。表面は滑らかすぎ、白は鮮やかすぎ、黒 はフラットすぎ。そして収納スペースがまっ たく欠如している。収納は彼の自宅にも豊富 にあり、空間を開放的に保つカギとなる不可 欠な要素だ。「私のデザインが影響しているこ とは知っています。ベルギーではたくさんの “そっくりさん”を目にします。時々、とてもイ ライラするんです」と彼は言う。「私が誰かに インスピレーションを与えている、というの はうれしいことです。しかし私のアプローチ は非常に複雑なもの。私のどの作品にも素材 の豊かさや触覚的な質感があふれています。 作品は、私という人間を映し出しているので す」

とはいえ、“そっくりさん”の存在は彼に とって深刻な悩みではない。「私の作品はもっ と奥深いですし、いくつもの層から成り立っ ています。それは他人が簡単に真似できない ものです。幸いなことに、私にはとても恵まれ た才能があるようです。自分がつくり出すス タイルや触覚的な世界に、いまでも自分自身 が驚かされますし、クライアントも驚いてく れています」。ヴァン・ドゥイセンの自宅に使 われている色は、白も黒もほとんどなく、青や 緑、茶色ばかり。「色彩のほとんどは、木や青 石などの素材の色。それに、部屋に置いている ものや植物の色もあります。私はメキシコの モダニスト建築家ルイス・バラガンを尊敬し ていて、メキシコに行って彼の作品のほとん どを見学してきました。彼の色使いはメキシ コの文化を反映していて、彼の建築をより力 強くしていました。メキシコという文脈のな かだからこそ、その効果があったのです。です から、ベルギーではベルギーに適した色使いをします 」

自宅 は大人数のディナーパーティを開催 で きる十分 な 広さがあるが、彼はほとんど 誰 も 招待しないと 話 す。招くとしても 、ほんの数人 の友人だけだ。彼 は自宅のことを「安住 の地」 「静寂 の島」だと描写 し、仕事以外ではほとん ど 家から 出たくないという 。1980年代から 90年代にかけてアントワープをファッショ ンと建築 の中心地へと 導いたアン ・ドゥムル メステールやドリス ・ヴァン ・ノッテンなどの 彼 と同世代のクリエイターの 多くが、今では 開発 が 進むフランダース地方にわずかに 残 る 田園地帯 へ 引 っ 越 し 大きな 家 で 暮らしてい る 。しかしヴァン ・ドゥイセンは、都会 を 離 れ る必要はないと 考えている。自分 の 家がすで に田舎 の 家のようにくつろげるので 、なおさ らそうだと 話 す 。

来年、ヴァン ・ドゥイセンは60 歳 を 迎える 。 彼 は一人 っ 子 で、昨年 の 夏 に母親 を 亡くして いる。父親 は高齢だが、現在 も息子 の仕事 に 経 営面 で 深 く 関わっている 。ヴァン ・ドゥイセ ンには 子どもがいない。彼 に 子どもが 欲しい か 聞いてみた。取材中、彼 は自分 の仕事、アー ト、本、瞑想、自宅などについて、延々としゃ べり 続けてきた 。しかしこの質問 に 対しては 、 驚くほど 長 い沈黙 が 流れた。「私 は運命という ものを 信じています 。きっと 子どもを 持たな い運命なのでしょう 」 と愛犬パブロを 抱きか かえながら 答えた 。パブロは 3 匹のダックス フントのうちの 1 匹 で 、もっともヴァン ・ドゥ イセンになついているようだ。彼 を見守るよ うにいつも 側にいて、彼 に注目されないと 吠 えだす。重 い雰囲気から一転 し、明るい口調 に 戻 り「子どもの 代わりに 犬 と 暮らしているわ けではないんです 。この 子たちは 私にとって は 子どもそのものなんです。犬ですけれども ね 」 と 彼 は 笑った 。

「それに、私 は同性愛者です。今 の時代あまり 関係ないことですね 。そして 私 は保守的です 。 私 の仕事には 、ひねくれた保守主義 が 表れて いるでしょう 。もしも 私 が子育てをしていた ら 、いろいろな問題があったと 思います。子 ど もと毎日一緒にいたいと 思うだろうし 、でも それは無理 な 話です 。しかしこの先、私にパー トナーがいない場合、誰 が 私 の老後 の面倒 を みてくれるのか ?とは 考えますね。私には 友 人 や 、いとこや 姪がいます。私 は一般的 な家族 とは 違ったかたちで、自分 の家族 を 作ろうと 思っています 」

彼 の 話 を 聞いていると、彼がデザインした 空間 に 住 み、彼 の世界 の一部 を所有している クライアントもまた、家族のような存在なの ではないかと 感じた 。そのなかでもカニエ ・ ウェストは 、おそらくもっとも有名 で、誰もが 興味 を 持 つ人物かもしれない 。 1 アントワープ のあらゆるものに魅了され、市内 の住宅街 に 家 を購入するという 噂 が 流れているカニエ が、前妻のキム ・カーダシアンと共同所有して いたカリフォルニアの 家 の設計をヴァン ・ ドゥイセンに依頼したのは当然のことかもし れない。今では 、アントワープを 訪れると 、 カ ニエはヴァン ・ドゥイセン 宅 に滞在すること が 多いそうだ。屋根裏にある板張りのゲスト ルームについて 、カニエは 「これまで 見たなかでもっともセクシーな部屋」 と表現したこと もある 。

「カニエは天才です 」とヴァン ・ドゥイセンは 言 う。「彼 は芸術家であり、周りに感動 を 与 え ることができる感情豊かな 人です。彼 は極端 なところがあって、私たちはそれについて 話 をします 。でももっと重要なのは、相性。私 た ちは友人でお 互いが 好きなんです。彼につい ていくのは大変ですが 、チャレンジする気持 ちにさせてくれます」。つい 2週間前、カニエ はヴァン ・ドゥイセンの 家 に 泊まったばかり だった 。その際、広 い空間 を 作るために 、リビ ングルームにある家具 を 他 の場所 へ移動させ たそうだ。「カニエは、宗教建築 や修道院、空 間 の本質にとても興味があるんです。窓をす べて 開 け 放した 清らかな空間のなかで、彼 は しばらく 立 ち 尽くしていました 」 と 彼 は 振 り 返 る 。

「本当 に感謝しています。学びを 与えてくれ る人々 に 囲まれていること。素晴らしい会話 ができること 。それが 何よりもうれしいです ね。私はそういう人間なのです 」

( 1 ) キムとカニエのロサンゼルスの自宅プロジェクト を主導したのはアクセル・フェルヴォルト。ヴァン・ドゥイセンは
、クラウディオ・シルヴェストリンやピーター・ウィルツとともに同プロジェクトのデザインチームのひとりとして参加し、リビングルームや子ども部屋のインテリアを担当した。

「私のことをミニマリストだと思う人がいたら、 『君たちは私をわかっていない』と言います」

( 1 ) キムとカニエのロサンゼルスの自宅プロジェクト を主導したのはアクセル・フェルヴォルト。ヴァン・ドゥイセンは
、クラウディオ・シルヴェストリンやピーター・ウィルツとともに同プロジェクトのデザインチームのひとりとして参加し、リビングルームや子ども部屋のインテリアを担当した。

「私のことをミニマリストだと思う人がいたら、 『君たちは私をわかっていない』と言います」

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こちらの記事は Kinfolk Volume 36 に掲載されています

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