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HANNAH TRAORE

ハンナ・トラオレ

  • Arts & Culture
  • Volume 37

アート界が次に注目する ギャラリスト。
Words by Kyla Marshell. Photography by Emma Trim. Styling by Jèss Monterde.

ハンナ・トラオレ・ギャラリーの第一印象は、ニューヨークのダウンタウ ンにある他のアートスペースとそう変わらない。大きなガラスドアから差し 込む太陽の光。漂う静けさ。室内には一見それ自体がアートのような白のブークレ織の生地が張られた長椅子が置かれ、落ち着いた空間が広がる。

ところが、ギャラリーの壁や、そこに展示されている作品は、やや趣が異 なる。理由は色だ。ギャラリー初の展覧会「Hues」では、きらびやかな黄色、ターコイズ、マルチカラーパターンなど豊かな色彩で表現するアーティス トに焦点が当てられている。とある壁は緑色に塗られ、別の壁は黄色と赤の ツートーン。さらに紹介されている作品は、すべて有色人種のアーティスト のものでもある。それは注目を集めるためでも、1 回限りの企画でもない。ここでは、社会の主流から取り残されてきたアーティストが主役なのだ。

ギャラリーを運営するハンナ・トラオレはトロント育ちの27歳。白人の カナダ人でファイバーアート作家兼コレクターである母と、マリ人の移民 である父の娘だ。芸術を重視する家庭で子どもたちは創造性を探究するよ う促された。 2018 年に MoMA でキュレーターのインターンを経験後、わ ずか数年でギャラリーオーナーになった彼女の人生の急速な展開は、何か を聞き逃したのではないかと思うほど。だが端的に言えば、彼女は思い 切って行動したということだ。多くの人と同様、トラオレもコロナ禍で人 生が変わった。2020 年4 月にフォトグラフィスカ・ニューヨークでの職を解雇された彼女は、自身のギャラリーを開くという夢に立ち返ったのだ。 スキッドモア大学に在学中、彼女は野心的なアート展を手がけ、卒業論文の ための展示では、ミカリーン・トーマスやケヒンデ・ワイリーの作品を取り上げていた。2

突然の解雇で生じた想定外の自由時間が必要としていた後押しとなっ た。「やりたかったことを、とにかくやってみたいと思いました。いろいろ なアイデアをなぜ抑え込んでいる? 実行あるのみだと気づいたのです」 と彼女は話す。取材の際、ギャラリーのふたつの広々とした部屋にはトラオレと彼女の助手しかいなかったが、ここではローンチイベントやパネル ディスカッションなどの企画が行われてきた。仕事が深夜に及ぶこともあっ たようだ。ローンチ前の数週間は、1 週間の労働時間が 100 時間に達したかも、とトラオレは振り返る。

ギャラリーのビジョンを語るトラオレは自信に満ちているが、驕りは感 じられない。未来に対し無意識に心を躍らせているようだ。彼女は歴史的に 過小に評価されてきた有色人種や女性、クィアのアーティストなどの作品にスポットをあてて紹介する場を作りたい、という思いが強かったと説明する。

アートの世界では、多くの業界と同様、類いまれな才能と若さが重んじ られる。ただしそれは、特にアーティストに対し、そうした傾向が強いとい うことだ。アートのある種“門番”でもあるキュレーターの場合、その職に 就くことも狭き門だが、さらに下積み期間を経ることが当然とされている。トラオレはそうしたルートからは少々外れた道を歩んできた。「私にはこの 仕事に必要な業務経験が十分あります。それでも私が若いという理由で、 ひどく驚く人がいます。私にとって若さは強みです。なぜなら、この業界で 長く仕事をしている人は、ルールに縛られてしまうことがあるかもしれま せんが、私にはそのようなことがないからです」と彼女は語る。

彼女はアート界の関係者から情報収集することから始めた。彼らの助言 のもと、コンサルタントやアート専門の弁護士、PR エージェント、彼女のメンターから成るチームを結成。トラオレの話には、彼らの名前が よく登場する。ニュー・ミュージアム副館長のイゾルデ・ブライエルマイヤー や、トロントのアートコレクター、ケネス・モンタギューもチームに参加。「彼 らの支えのおかげで安心して自分の夢に向かって進むことができました。 今後も一層のサポートが得られると信じることができたのです」

さらに、トラオレは自分を信じた。彼女には自らを前進させる力がある。 その源泉は家族だと言う。「両親やきょうだいが私を信じてくれたからこ そ、自分を信じられるようになりました」。またトラオレは、彼女に否定的 だった昔の知り合いに実力を証明したい気持ちもあったようだ。前回実家 に帰った際に、ばったり再会した子ども時代の友人の母親が、芸術を軽視 する人だったという。「彼女は私の母に『子どもが皆アートの道に進んだな んて恥ですね』という発言をしたのです。こうした考えの人は多いです。 アートとビジネスの両方にかかわるギャラリストとして働くことで、アート界でキャリアを得て、成功できることを証明しているように感じました」

「今後も一層のサポートが 得られると信じることができたのです」

2022 年1 月にギャラリーをオープンして以来、トラオレは写真撮影や自 身について語るインタビューなどのメディア対応に追われた。そのなかで 彼女が喜びを見出し、大切にしてきたことのひとつがファッションだ。彼 女が特に好むのは鮮やかな色。それはギャラリーのお披露目を兼ねた初の 展覧会のタイトルを「Hues」(意味:色、色合い)にした理由のひとつでもある。

一方、このギャラリーの中心は彼女ではなく、作品を展示するアーティ ストたちだ。トラオレにとって重要なのは、彼らが自身のアイデンティ ティを前面に出さなければ、というプレッシャーを感じずに作品を発表で きる場があるということ。ここ数年、世界各地で過去の人種差別問題を清 算しようとする動きが加速し、アート界でも有色人種のアーティストを紹 介する事例が増えている。しかし、なかには自分たちが差別主義者ではな くアライ(味方)であることを誇示するための、形だけのパフォーマンスに なってしまっているケースもある。トラオレは、都会の若者の支持を得よ うと有色人種のアーティストを取り上げるギャラリーもあると説明する。

彼女は協業するアーティストのひとり、ジェームス・パーキンスの話を してくれた。パーキンスの作品には、印象的で大きな、色のブロックを用い たインスタレーションや絵画がある。「作品を見るだけでは、彼が黒人の アーティストであることは、まったくわからないでしょう。彼は自分の作品 がなかなか取り扱ってもらえないのは、それが理由ではないかと思うと言 いました。でも、私の場合は世間に対し何も証明する必要がありません。人 種差別主義者ではないことの証として黒人のアーティストを紹介する必 要性がないのです。私自身が黒人なのですから」

(1) 子どもの頃はアートキャンプに参加したり、美術館を訪れたり、あるいは 3 人のきょうだいたちと一緒に自宅で工作を したりして芸術に触れてきたトラオレ。暗室での現像作業や、陶芸にも親しんだ。

(2) 大学の卒業論文では、マリ人の写真家マリック・シディベの作品についての研究成果をまとめた。2017 年にはシディベの 他、彼の影響を受けたケヒンデ・ワイリーをはじめとするアーティストたちの作品の展覧会も企画した。

トラオレは、自身のギャラリーのキュレーターだからこそ、ハッサン・ハ ジャジやマージャニ・メリウェザー、ダン・ラムやウェンディ・レッド・スターを はじめとするギャラリーのアーティストに対し、できることがあると言う。

それは彼らの気持ちを理解するということだ。一部のギャラリストにとっ て、それはつねにできることではない、と説明する。

形だけのパフォーマンスとして黒人アーティストの作品を取り扱った り、黒人である自分が表向きのイメージアップのために採用されたりする ことがないことに、彼女は喜びを感じている(初めての黒人の上司がブライエルマイヤーだった「影響は大きい」とうれしそうに話してくれた)。さら に、アーティストの気持ちを、彼らが明確な言葉にしなくても理解できる ことは彼女の強みでもある。キュレーターの仕事は、壁に絵を展示するだ けに留まらないからだ。多くの場合、彼女はアーティストと作品の制作段 階から連携し、意見を述べ、アドバイスを提供している。「Hues」展で展示 された、パキスタン人の彫刻家ミシャ・ジャパンワラによる《dhund》(意 味:霧)もそうした作品のひとつ。アーティスト自身の肩と胸をかたどった 鮮明な青色の作品だ。アーティストと誠実に向き合っているからこそ「制 作過程で彼らの自主性をより尊重できる」とトラオレは話す。取材を通じ、 私はキュレーターがアーティストの創作活動にかかわることがあると初 めて知った。しかし、胸を見せるというアーティスト自身が生まれ育った 文化的価値観をまさに覆すような作品では、キュレーターを信頼できるか、 つまり作品がどのような文脈で展示され、発信されるかがアーティストに とってきわめて重要になるのだろう。取材後、トラオレは同作品について の自らのコメントを明確にするため、追加の説明をジャパンワラの言葉とともに書き送ってくれた。こうした行動もアーティストを支える彼女の姿 勢を表している。

トラオレはまた、ギャラリーとは何か、そこで何ができるのかを問い直 したいと考えている。「アート界では、アーティストを作品の作り手という 役割に限定しがちですが、それはおかしいと思います。人間は複雑で、さま ざまな分野の才能を有しているのですから」と話す。今後ギャラリーでは、コマーシャルフォトグラファーとして活躍してきたカミーラ・ファルケスの初の 個展や、女性彫刻家の作品と彼女のファッションコレクションを組み合わせ た展示などを予定しているという。従来の枠組みを超えた取り組みはすで に始まっている。ハッサン・ハジャジの作品の展示とともに、彼がデザインした 椅子を用意し、ゲストが座ってくつろぐことができる企画もその一例だ。

ギャラリストとして独立したトラオレにとって、手放さざるを得なかったこともある。たとえば自身の創作の時間は少なくなったという。陶芸と 写真への関心が高く、大学では芸術を副専攻にしていた彼女。「大学を出て、 さらにギャラリーで働き始めてからは、私自身の創作は二の次となりまし た。自宅で楽しんでいるのは、ブックバインディングです。ストレスを感じ たら、創作の時間を確保すれば、随分と楽になります」と言う。

多くの人に助けてもらってきたという彼女は、自身の能力を活かし、誰 かのロールモデルになりたいという思いが強い。「数多くの素晴らしい黒 人女性を手本にしてきました。次は私がそうした存在になれたら」と語る。 彼女はニューヨーク市を代表する黒人の女性ギャラリスト 10 数人の名前 を次々と挙げていく。だが理想的にはその数はもっと多くなければならな いし、彼女たちの影響力も今以上に認められていいはずだ。ギャラリスト 志望の若者に彼女が伝えたい助言は 3 つ。「できるだけ多くのアドバイスを 求めること。ロウアー・イースト・サイドで大きなギャラリーを開く必要は なく、自分ができることをやること。自分を信じること」

そうした自己信頼感、つまり自身の仕事に対する真の信念があるからこ そ、トラオレのギャラリーでは彼女のアイデアとアーティストの作品が一 体となっている。準備中の企画について話が尽きない彼女。今年はすでに 予定が詰まっており、可能性に満ちている。「誰かが私に『こんなことをや りたい』と言うとき、私は誰にも許可をもらう必要がありません。それは大 きな喜びです。どうするかは自分次第なのです」

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こちらの記事は Kinfolk Volume 37 に掲載されています

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